【魔術師の弟子6】


動物たちにやる餌は、毎日種類も量も決まっているだろうが、新参者の俺ではどこに何があるのかもよくわからない。結局、イルカさんが餌をやる姿を眺めているしかなかった。
窓から差し込んでくる光と共にぼんやりと眺めながら、本当に動物が懐いているなと思った。餌が欲しいというよりは構って欲しいという感じだ。
その上、俺がイルカさんに近づこうとすると心なしか阻んでいる気がする。いや、決して気のせいではない。
邪魔するつもりか動物の分際で、と睨みをきかせようとするが、さすがじじいの飼ってる動物だけあって一筋縄ではいきそうになかった。とりあえず諦めて遠くから眺めるだけに留めることにした。
そんなとき、イルカさんが餌をやりながら話しかけてきた。
「カカシさんが手品をしようとしないのは、……四代目が亡くなられたせいですか?」
言いにくそうに、視線をあまり合わせないよう気を遣っている態度に、ああ、と思った。そんなに気を遣わなくてもいいのに。聞かれたぐらいで気を悪くしたりしない。
「すみません。あの…でも……」
「いいんですよ。元々は四代目がテレビなんかにそそのかされて大脱出なんてしようと言い出さなければ、あんなことにはならなかったんです。いえ、普段通りにやっていればなんでもないことだったのに、火影の地位目当ての人間が細工したことに気づかないで……」
脱出できないまま四代目は炎に巻き込まれてしまった。
ナルトという産まれたばかりの子供を残して。
奥さんは産後の肥立ちが悪かったのと、四代目の死のショックが大きかったので、そのまま後を追うように亡くなったのだった。
あの時はどうして最終チェックを自分でしなかったのかと死ぬほど後悔したし。火影なんかに群がる人間は全部死んでしまえとも思った。
「四代目が亡くなったこと自体もずっと引きずってましたが、それ以上に表面は華麗なマジックの世界も裏に回れば……と思ったら、ついじじいの屋敷を飛び出してしまったんですよね。それからは、手品に関わらないようにして生きてきました」
もう手品はしたくない。それが今の正直な気持ちだ。
昔話をしている間、イルカさんはじっと見つめてくる。それがあまりにも悲しそうだったので、自分の回想よりも気になった。本当は笑って欲しいのだから。
「それに、元々たいして才能もなかったんですよ。だからね」
そんなに悲しそうな顔をしないで欲しい。そう願った。
「そんなことありません!」
びっくりするほど大きな声で否定された。驚いた鳩がバサバサと翼を広げて飛び立った。
「俺が子供の頃、四代目のステージを観に行ったんです。そのとき、カカシさんは一緒に出てたでしょう?俺と同じくらいの年の子がすごい手品を次々見せて、ビックリしました。それからあんな風になりたいって憧れていました。ようやく三代目の元へ弟子にしてほしいって頼みに行った時には、カカシさんはもう居なくて……ずっと探していたんです」
そんなことを言われてドキドキと心臓が早鐘を打つ。
たしかに小さい頃四代目の助手のような形で手品を披露していたことがあったけれど、それをイルカさんが観てくれていたなんて思いもしなかった。
憧れていたという言葉も。探していたという言葉も。俺を喜ばせることばかりだ。
「俺のこと、探してくれてたの?」
「はい。カジノで見かけた時はすぐにわかりました。記憶の中のカカシさんからは想像できないくらい大きくなってましたけど」
想像できなかったのにどうしてわかったのだろう、と疑問に思ったのが表情に表れたのか、目の前の人はくすりと笑う。
「だって、手の動きを見てたらわかります。あんな見事なカード捌きはそうそう見たことないですよ?それに、前と変わらない髪の色と瞳の色だったし」
染めない方が客の受けがいいという理由だけで、髪はそのままにしていた。それでわかったのだとしたら、染めなくてよかったと心底思う。
「でも、カードをただ配るだけの仕事なんて勿体ないです。……やっぱり戻って来てはもらえませんか?駄目ですか?」
すぐ間近でまっすぐに貫くような真摯な瞳に見つめられ、どぎまぎして声を失ってしまう。
それを迷っていると解釈したのか、イルカさんは一生懸命に説得しようとしていた。
けれど、いくら大好きなイルカさんの頼みでも、今はその通りに出来る自信がなかった。俺はまだ手品なんてやりたくないと思っているのだから。


●next●
●back●
2004.07.24


●Menu●