【魔術師の弟子8】


自分が代わりにマジックショーをやると言ってしまって、それはそれは後悔した。
だがしかし、それでもイルカさんの思わず漏らした安堵の息を聞いたり、嬉しそうな表情を見れば、今さら嘘ですとは言い難かった。
大がかりな仕掛けの手順を覚えるだけでも頭が痛くなる。
だいたい12年間も手品に携わっておらず、その上一時間ですべての進行を把握しろというのも無茶な話なのだが。今はやるしかなかった。
「ちょっとぐらい失敗しても気にしないでくださいね。できるだけ俺の手品でつなぎや時間稼ぎをしますから」
と、イルカさんが言うのを聞けば、張り切らざるを得ない。フォローしてもらうなんてみっともない。やるからには完璧にこなして賛美されたいと思うからだ。
一通り説明してもらって、それから一人で周囲を見て回りながら手順を反復していた。
開場前の緊張でスタッフ一同ぴりぴりしてくる空気は昔のまま。
舞台装置は新しいものもあったが、昔とほとんど変わらないものも多々あった。手品には直接関係ない装置なんかもあって、それは昔ステージに出た時に使ったのと同じだった。紙吹雪を射出して撒き散らす装置で、普通のとは少し違っていてショーで使うと客にも評判がよかったっけ。
そんなことを懐かしく思いながら装置をいじっていたりしていたら、あっという間に時間が過ぎ去ってしまった。


『マジックマスター火影急病のため、急遽代理として今夜ははたけカカシとうみのイルカがショーを務めさせていただきます』というアナウンスが流れ、会場内がざわめいているのが聞こえてくる。
結局、火影を観に来たのだからと不満を言う客にはチケット代を払い戻し、手品が観られればかまわないという客はそのままという方式を取ることにした。この手のキャンセルとしては珍しく客がほとんど帰らないようで、安心したような、むしろ帰ってもらいたかったような複雑な心境だった。
しかし、そんなことは言っていられなかった。もうすでに開演のベルは鳴ってしまった。
最初はイルカさんが前座の手品をするという。
舞台に出ていって、手品が始まったのだったが。
それは一所懸命さが滲み出ているというか、滲み出すぎているというか。これで果たして成功するのかどうかというあまりの不安定さに、観客も固唾をのんで見守っている。
ある意味これほどハラハラドキドキする手品も珍しいだろう。思わず舞台袖で笑いが止まらなくなってしまった。
それでも鳩やガチョウが次々と出てくる手品は単純に驚くし、ほのぼのと楽しい気分になる。なんというか癒し系マジック?という言葉が思い浮かんだ。
思いきり笑ったのがよかったのか、自分の出番が来た時にはリラックスして舞台に立つことが出来た。
人間を宙に浮かせる装置の手順をふっと忘れてしまった時も、側にいたイルカさんが視線で教えてくれたりして、何も心配することなく順調にショーは進んでいく。
これならば大丈夫だろうと安心していたが、最後の最後で落とし穴があった。
イルカさんに大きなフープについた布を被せて客から見えなくしておいて、素早く下の隠し通路から移動してもらい、布を取り去った瞬間には客席の間にある扉から出てスポットライトを浴びるという、時間との戦いのマジックだったのだが。
「カ、カカシさん。裾が仕掛けに引っかかって動けません……」
イルカさんの顔は蒼白だった。
まだフープはイルカさんの腰の辺りに位置していて、まさに全身を隠す直前だったが、今の時点で動けないというのは致命的だ。
次に剥ぎ取った時には、この場から居なくなっていなくてはならないというのに。何もないはずなのにまだ人が突っ立っていたら、はっきりいって手品としては笑いものだ。
俺へ仕掛けの指示をしなくてはという気の焦りのせいか、いつもより身を乗り出していたのが不味かったらしい。
思わぬアクシデントに俺も頭が一瞬真っ白になり、営業用のスマイルを固まらせてしまった。


●next●
●back●
2004.08.07


●Menu●