病院に辿り着くと、じじいの容態は落ち着いていて問題ないとのことだった。
さすが金も地位もあるマジックマスター火影。個室へと運ばれたそうだ。
緊急処置室に入って時間が経つ内にナルトが寝こけてしまったらしく、イルカさんは個室へ行く前にナルトを迎えに行ってくると言って、去っていってしまった。
仕方なく俺は一人じじいの個室へと足を運んだわけだが。
「……なにアイス食ってんですか」
部屋の中には、ベッドの上でのんびりアイスを食うじじいがいた。
「おお、カカシ！早かったの」
まずいところを見つかったという風に視線が泳いでいるのを見て、疑問が確信に変わった。
「仮病ですね。仮病使ったんですね？」
「いやいや。病院で処置を受けたら、急に具合が良くなってな」
こんの狸じじいめ、騙された。仮病だったとは。
自分が居なくなれば俺が代わりにショーをやらざるを得ない事態になることを狙っていたんだ。まさかそこまでやるとは思わなかった。
だいたい仮病だったということは、イルカさんの心配は無駄だったってことじゃないか。あんなに心を痛めていたのに？
腹が立って思いきり睨んでやると、
「いや、まさか救急車を呼ばれるとは思わなかったんでのぉ」
と言い訳をした。ちょっと具合が悪くなったフリだけのつもりだったらしい。
「ああ、そうですか。真面目に救急車を呼んだ俺が悪かったんですねぇ？」
嫌みを言っても、その通りだと言わんばかりに頷くじじいに蹴りを入れたくなった。
「で、ショーはどうなった？」
今度は悪びれずに聞いてくる。溜息が出そうだ。
「……一応うまくいきましたよ」
「そりゃあ、よかった。わしも安心したわい」
じじいの安心など知ったことか。
「まあ、これではたけカカシが復帰したと世に知らしめたわけだし、火影になる決心もついたんじゃないかの？」
などと言う。
自分が引退してのんびり暮らしたいが為に俺にやらせようという魂胆が丸見えだ。これだから勝手なことばかり言う年寄りというものは、とイライラする。
そこでささやかな報復を思いついた。
「そうですねぇ。火影になってもいいかなぁ」
「おお、そうか！」
喜ぶじじいにさらに言葉を継ぐ。
「イルカさんが、俺が火影になったら一緒に手品をしてくれるって言ったんですよねぇ」
「なんじゃと？」
俺の言葉に少々訝しげな表情になる。
「火影の称号なんてどうもいいけど、夫婦マジシャンを目指すのもいいかなぁ、なーんてね」
「夫婦？」
「イルカさんと一緒にマジックショー、楽しいだろうなぁ。息もぴったり、なんたって夫婦ですからね」
にんまりと笑うと、じじいはあんぐりと口を開けていた。
「それじゃあ今日はこれで帰りますねー」
うきうきと病室を出ていこうとすると、後ろから慌てた声が追いかけてくる。
「待て！カカシよ。イルカに何を……」
まだ何もしてないですよ、まだね。
とは言ってあげない。
明日から火影を目指して頑張ってみようかと思っている俺の、ちょっとした腹いせだ。せいぜいじじいも慌てるといい。
「年寄りなんだからとっとと引退してくださいよ。俺とイルカさんのために」
手をひらひらと振りながら部屋を出る直前に、ぶるぶると震えるじじいの姿が見えた。ざまあみろ。
部屋を出た瞬間、ちょうど寝ているナルトを抱きかかえてやってきたイルカさんとぶつかりそうになった。
「おっと、大丈夫ですか？」
「すみません」
「三代目は元気そうでしたよ」
「そうですか！」
ナルトを起きないように受け取って、じじいの顔を見てくるようにとイルカさんを個室へ促した。
「明日っから屋敷に引っ越してきてもいいですかね」
わざと部屋の中にも聞こえるように言った。
喜んで頷くイルカさんとは正反対に、きっとじじいは慌てていると思うと笑えた。
それから俺は、廊下の椅子に座った。
明日から魔術師になろう。きっとそれは楽しい毎日になるだろう。
とりあえず今は目の前にある扉が開くのを待ちながら、そんなことを夢見るのだった。