【南の島の波の音3】


「やっぱり上から見ると、またいつもとは違って見えて綺麗だな」
「ホント」
この島で『海を見に行く』といえば、山に登ることを差す。普通に海に行くよりも全体を見渡せるからだ。
時間があればつい海の中に入って泳いでしまうため、俺たち二人は山まではあまり来ることがない。そのため、この景色は格別だった。
ラグーンの透き通った海の色と、次第に深くなっていくのが一目瞭然にわかる濃い青と、果てのない空の青と。渾然一体となって視覚に訴えてくる。
海の上には漁船というよりカヌーと言った方がいいような乗り物がぽっかり浮いていて、スローモーションのように、船尾から白い波の跡が伸びていく。遙か眼下に広がるラグーンに押し寄せる波が、リーフに当たって白く砕け散っていく。
風が頬を撫でていくのも心地よかった。
ここまで来るのには少し時間がかかるが、今日はアスマに子供たちを任せてきたからのんびりできる。そう思ってうっすらと微笑んだ。


もともとここらの島は、噴火によって海底から隆起した火山だ。
島の周りに繁殖した珊瑚が死骸となって石灰化し、円状の浅瀬ができる。そのあと島そのものがゆっくりと沈下していく。
周りの珊瑚礁は島を遠巻きに囲み、その間が内海つまりラグーンと呼ばれるのだ。
これが何百年単位でゆっくりと進み、最終的には島は完全に海に沈む。
ここに立っている大地も、海へと還っていくだろう。それはもちろん俺たちが生きている間ではないけれど。
そういう性質上、島のほとんどが山になっており、人が住むのは海岸線の周辺に固まる。一つの火山の裾に住んでいる、それがここでの生活だ。
「島、いつか無くなってしまう?」
「そう。長い長ーい時間をかけて海に沈んでいくんだよ」
「山のてっぺんも?」
「そうだよ。全部、全部だ」
いつかは無くなる、このラグーンもすべて。
腕をぎゅっと握りしめてくる力を感じて、イルカを見やった。少し眉を顰めてじっと海を見つめていた。
「大丈夫。俺たちが生きている間に沈む訳じゃないからね」
慌ててそう言ってはみるものの、まだ心配そうにしている。
「イルカには俺がずっとついているから、心配ないだろ?」
黒い髪を撫でると、ようやく顔を向けて頷いた。
少し表情が柔らかくなったことに安堵したが、もっと笑って欲しくて、すぐそこに咲いている花に手を伸ばして手折った。それをイルカの耳の横に挿す。
「ほーら、可愛い。こんな可愛いイルカの側を離れるわけないよ?」
そう言うと、目の前にイルカのはにかんだ笑顔が広がっていった。
それからずっと二人でぼんやりと空を眺めて過ごす。
ここでは時間が、ゆっくりと過ぎていく気がする。
そういえば、今朝イルカがもしかしたら天気が悪くなるかもしれない、なんて言っていたけれど、こんないい天気でそれはないだろうと思っていた。
そんな中、イルカが「あ」と声をあげた。
どうしたのだろうとイルカを見ると、顔色が少し悪い。
「イルカ?」
名前を呼ぶと、困ったような視線を向けてくる。
「嵐がくるよ」
指差された遙か遠い先に、暗い色をした雲の塊が見えた。
「スコールじゃなくて?」
顔を横に振る姿からはかなり切迫した雰囲気が感じられた。長い間ここに住んでいるイルカが言うのだから間違いないだろう。それならば、早急に対応しなくてはならない。
「嵐は2〜3年に一度ぐらいしか来ない。けど、来たらすごい風。船、危ない。家、飛ばされることもある」
「何をしたらいい?」
「島のみんなに伝えて、準備しなくちゃ」
「わかった、まず村長に知らせよう。イルカが行ってくれ。俺は学校に戻って子供たちを家に帰すから」
イルカはこくこくと頷くと、心配そうな瞳で俺の腕に触れてくる。
「カ・カシ、気をつけて」
「イルカこそ」
そう言ってぎゅっと抱きしめると、離れがたかった。
けれど、今はそんなことを言っている場合ではない。
なんとなく首筋がチリチリとする嫌な予感を押さえ込みながら、「行こう」と目で合図を送って山を駆け下りる。目の端には透き通った海が濁り、波が立ち始めるのが見えた。


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2003.08.02


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