山を下りて、途中の道でイルカと別れる。学校に着いた頃には、すごい早さで流れてきた黒雲がもう一面を覆う空模様だった。
急いで子供たち全員を家へ送り届けたが、ナルトとサスケだけは親もいない一人暮らしだ。他の家の連中は家族総出で窓に木材を打ちつけたりしているというのに、子供一人では無理があった。
今から二件の家を回って準備する余裕はないため、溜め息をつきながら提案する。
「仕方ない。お前ら子供だけにしておくわけにもいかないからな。俺とイルカの家へ行くか」
「えー、イルカ先生の家！？　行きたい、行きたい！」
「行く」
ナルトはともかく、サスケがぼそりと同意したのにちょっと驚いた。
自分は子供じゃないから行かないと言い出すかと思っていた予想とは違っていたからだ。そういえば、サスケも表現下手ではあったが、イルカを慕っていたという事実を思い出した。
みんなから好かれるイルカ。
ちょっとムッとしながらナルトの言葉を訂正した。
「違うだろ。イルカの家じゃなくて、俺とイルカの家だ」
「そんなことより早く行こうってばよ！」
そこが重要なんじゃないか、という俺の思いなど虚しく無視されてしまった。これだから子供ってやつは！
しかし、一つ大きく深呼吸して気を落ち着ける。
「じゃあ、走るぞ。気をつけろ」
家へ向かう途中にも風は次第に強くなり、大粒の雨が降り出していた。

三人が我が家へ辿り着いても、まだイルカは戻ってきていなかった。アスマも見かけていないと言う。
村長に知らせた後、どこかの民家の手伝いに行ってしまったのだろうか。心優しいイルカなら考えられないことではないが、心配だった。
探しに行くべきか、擦れ違わないように待つべきか迷っているとき、玄関口に人影が見えた。
イルカが戻ってきたのだと思い込み、慌てて出迎えるとそれはミズキだった。
俺が殴って以来、近づいてくることもなかったのに、何故急にやってきたのかと嫌みを言おうかと思ったが、切羽詰まった表情に声を失ってしまった。息を切らしていて、ここまで来るのに全力で走ってきたのだとわかる。
「イルカが……っ」
ミズキの口をついてでてきたのは意外な言葉だった。
「イルカがどうした！」
「ミトカドのじいさんが船を固定しようとして海に落ちた。じいさんはイルカが助けに入って無事に引き上げたんだが、その直後に流木が後ろからぶつかって、気を失って海に流されてしまったらしい」
「なんだって！」
「今、必死になって探しているが、まだ見つからないんだ」
焦燥したミズキの状態に構っている暇はなかった。
「アスマ、こいつらのこと頼む！」
子供たちのことを託すと、後はすべてを放って走り出した。
イルカ、イルカ、イルカ！
嫌な予感は警鐘を鳴らし続ける。
ただでさえ海が荒れているときに気を失って流されるなんて、捜索しようがあるのかとか。
流木がぶつかった傷口から出血が止まらなかったらどうするのかとか。
最悪の事態ばかり思い浮かぶ。
全力で走っていると、激しくなってきた風はもちろんのこと、殴りつけるような雨が襲ってきたが、それすらどうでもいいことだった。

「イルカはっ！？」
海岸で立ち竦んでいる連中に声をかけたが、望む答えは返ってこなかった。ただ首を振るだけ。
「もう嵐が酷くて、これ以上の捜索は無理だ」
「そんな馬鹿な！」
肩を掴んで揺さぶってみても、誰も答えようとはしない。
「いくら内海と言っても無茶よ。イルカだったら、もしかしてリーフに打ち上げられて無事かもしれない。明日、嵐が止めば捜索を再開できるわ」
村長が言う言葉も、焦る俺には受け入れることができなかった。自然と足が海に向かって駆けだしていた。
だって、イルカがいなければ意味がないじゃないか。
引き留める叫び声が遠くに聞こえても、戻る気はさらさらない。
必ず見つけてみせるから。待っていて。
飛び込んだ海にもみくちゃにされ翻弄されても、何故かそれだけは確信があって自分でも不思議なくらいだと思った。