【恋はあせらず11】


初デートはこんな風に終わったが、次は何にどう誘うべきかと思い悩み、仕事にも身が入らない状態だ。
そんな時。
「はたけ、ちょっといいかな」
「あ、部長」
声をかけてきたのは波風部長だった。
机の上に書類を広げて俯いていたので、ぼんやりしているのは気づかれなかったようだ。よかった。
「今度6S会議があるだろう? その本会議の前に打合せがあるから、16時に第二会議室に来てほしいんだ」
「あ〜、あれですか」
元々6S会議は各部署から適当に選ばれた委員が集まって、整理・整頓・清掃・清潔・躾・作法の「6S」について考えて社内に活動を広める役割がある。それが「3Q」、つまり良い会社・良い社員・良い製品に繋がるという理念なのだが。
最近うちの社長がどこかで『創意と工夫運動』とやらの記事を読み、そんな良いことはうちでもやってみなくては、と張り切って余計な議題を増やしたおかげでさらに面倒くさいものになっている。建前は『下からの意見を共有して、良いことはみんなで実践していこう』らしい。
といきなり言われても誰も意見なんて出すわけがない。一応皆が案を出しやすいように賞を作り、社長賞に選ばれると賞金がなんと5万も出るという。
でもそれだと賞金目当てになってしまうじゃないか。あるいは社長の点数稼ぎになる可能性だってある。良い意見なんて出るのか?
そう考えるとうんざりする。
そんな会議の委員に俺もなってしまい、というか、部長の爽やか笑顔のごり押しで決定してしまい。強制参加せざるをえないのだ。
ああ、面倒くさい。
がしかし、出席しなければ部長に睨まれるのは確実だ。
「面倒だろうけど頼むよ」
やんわりと強制される。
じいさんに睨まれても怖くないが、部長はちょっと怖い。普段笑顔の人間を怒らせると怖いというアレだ。
「わかりました、行きますよ」
「じゃあ、よろしく」
不承不承返事をすると、部長はそれでも満足したのかまだまだ忙しいのか去っていった。
あ〜あ、もう早く帰りたい。
時間になって、やる気のなさ全開で会議室へと向かう。
扉を開けると、部屋の奥に妙に姿勢の良い人物が立っていた。
「あ」
あれはイルカさんだー!
俺が見間違うわけがない。あっちも俺に気づいたらしく、にこりと笑顔を向けてくる。
「カカシさんも委員に選ばれたんですか?」
「ええ、そうなんですよ」
ラッキーだ。会議なんてと思っていたが、イルカさんが参加するなら話は別。部長に感謝だ。
しかもイルカさんは「俺がやってることなんてたいしたことないんですけど、いくつか案を考えてきたんです」なんて言ってて。意欲満々なのだ。
ここは俺もいいところを見せなくてはいけない!
即興で考えた案なんかを言ってみると、喜んでくれるし話が弾む。
そうこうしているうちに会議室にはだんだんと人が集まってきていた。いつの間にか見知らぬ男が近づいてきて、図々しくイルカさんの隣に座った。
「イルカ、お前も委員だったのか」
「あ、イワナ。久しぶり!」
「去年の忘年会以来だな」
親しげな会話を横で聞いていると、どうやら同期の人間らしいと推測できた。
くっ、イルカさんと楽しそうに話をしやがって。
俺だってもし同期だったらこれくらい。と思ってみても、そんな仮定でしかないことを考えても何の役にも立たない。
やきもきしていると、波風部長が入ってきて打合せが始まった。
が、もう会議の内容どころではなかった。
気もそぞろであまり貢献はしなかったが、さいわい部長のおかげで会議の進行はかなりまとまったと思う。結局イルカさんに俺の優秀なところをアピールすることもできぬまま終わってしまったが。
「イルカ。これから飲みに行かねぇ?」
などと同期の奴が言う。
なんだとー!
軽々しく誘いやがって。俺がどんなに悩んでいるか知ってて言ってるのか、この野郎。
先を越されたことに対しての後悔と怒りで我を忘れそうになったが、今の俺では横からしゃしゃり出て誘うことも断って欲しいと言うこととも出来ない。ある意味しかたがないという諦め状態だった。
が、しかし。
「ごめん。今日はちょっと用があって」
なんとイルカさんが断ったのだ。
「そっか。じゃあ、また今度な」
同期の男はおそらく内心断られたことにかなりのショックを受けただろうが、なんとか平静を保ちつつ去っていった。
イルカさんに用があってよかった。
安堵の溜息をつこうとした時、イルカさんが話しかけてきた。
「カカシさん。この前の映画、寝ちゃってすみませんでした。あと接待の時助けてもらったお礼もまだでしたよね。お詫びとお礼を兼ねて、飲みに行きませんか?」
「えっ」
イルカさんから誘われた!
それって、用事は俺を誘うことだったってこと?
つまり同期と飲みに行くことよりも俺と飲みに行くことを優先させたってこと?
やった、勝ったー!
あの男に勝ったんだ。すごい。ざまーみろ。
「今日はまだこれからお仕事なんですか?」
俺がすぐに返事しなかったことでイルカさんは断るつもりと解釈したらしく、慌てて返事をする。
「いえっ、ぜんぜん! もう暇で暇でしょうがないくらいですよ」
営業なんて常に忙しいという慢性的に多忙を極める典型的な部署だが、慢性的であるが故に全員麻痺しているところがある。だいたい多忙なんてものは時間のやりくりさえすればなんとかなるものなのだ。
この場合、仕事とイルカさんを秤にかけたら断然イルカさんが勝つに決まっている。
「じゃあ、よかったら飲みに行きましょう」
「はい、ぜひ!」
なんだかすごい幸運を引き寄せた気分だった。


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2008.11.08


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