【恋はあせらず14】


昼飯も食べ終わり、後は会議室へ行くばかりの時刻。
なぜか深刻そうな表情をしたテンゾウがやってきた。
お前仕事はどうしたんだと言いたいところだが、最近の俺も人のことは言えないので口にはしなかった。
「カカシ先輩。気になってちょっと調べてみたんですよ」
「何を」
「ほら。先輩の好きな子」
また余計なことを。だから知られたくなかったのに。
舌打ちしそうになったが、なんとか我慢した。『ちょっと言いにくいんですけど……』という前置きが気になったからだ。
「秘書課のあの子がお見合いするんですって」
「お、み、あ、い?」
言われたことがよく理解できなくて、しばし呆然とする。
「そう。昨日知り合った秘書課の子に聞いたんですけど、今度社長の斡旋でお見合いすることになったらしいです」
おみあいって何だ。尾身合い?お観藍?
他に何かあったっけ。
「お見合いなんて建前で、見初められたそうですよ、どこぞの御曹司に。玉の輿ってやつですね」
お見合い!
イルカさんがお見合い!?
なんてことだ。
きっと社長の縁で遊びに来た成金野郎に違いない。そりゃあイルカさんは可愛いから見初められるのは当然としても、権力を笠に着て手に入れようなんて卑劣な!
イルカさんはなぜかあの陰険じいさんを尊敬しているし。社長の勧めがあったら年寄りにも優しいイルカさんのことだ、断り切れないかもしれない。そうしたら馬鹿なボンボンにイルカさんを奪われてしまう。
「本人もけっこう乗り気らしいって秘書課では噂になってました」
先輩の方が絶対将来有望だと思うんですけどねぇ、とか何とかテンゾウが言っているが、もはやどうでもいい。
どうしよう。
イルカさんはもうお見合いを受ける気になってるのか!
突然のことにどうしたらよいのかすらわからない。
「はたけ。会議の時間だ」
呆然としていると、波風部長が呼びにきた。
そう、会議。イルカさんも待っている会議がある。でも。
「急ぐよ?」
脳の機能が停止した俺は、ほとんど部長に引きずられるようにして会議室へと向かった。


俺の気持ちなどおかまいなしに、どうでもいい会議は進んでいく。
創意と工夫なんて今の俺には何の役にも立たない。
社長の隣に座るイルカさんの姿を見つめ、今あの人が考えていることがわかればいいのに、と切実に思う。
「カカシ、意見はないか」
はっと気づくと、社長であるじいさんが俺の名を呼んでいる。
「お前の率直な意見を聞きたい」
俺の率直な意見?
そうだ。イルカさんにまだこの気持ちすら伝えてない。
告白すれば、もしかしたらお見合いを考え直してもらえるかもしれない。
「今、ここで、ですか?」
「もちろん、そのための集まりだ」
じいさんが頷く。
そうだ、今言うべきだ。早い方がいい。お見合い話が進んで結婚までいってしまってからでは遅いのだ。
「では、遠慮なく」
おもむろに立ち上がり、叫んだ。
「イルカさん、ずっと前から好きでした。愛してます。成金男なんかやめて、どうか俺の恋人になってください!」
しーんと静まりかえった会議室で、俺の眼中にはイルカさんしか居なかった。
目を大きく見開いて驚いている顔も可愛いなぁ、とぼんやりと考える。
徐々に顔が赤く染まり、酸欠の金魚のように口をぱくぱくと動かしていて。どんな返事を貰えるだろう、と緊張と期待とで胸が高鳴った。
が。
「ばっかもーん! 会議中に何を言っておるか!」
邪魔が入った。
いいところなのに。じいさんめ。
「だって、俺の率直な意見を求めたのは社長じゃないですか〜」
「会議の内容についてだっ」
「ええ〜? こっちの方が俺とっては最重要事項なので」
「もういい! お前は会議が終わるまで口を開くな。社長命令だ!」
「……はぁい」
ちぇ。自分で言えって促しておいて勝手なじいさんだ。
まあいい。とりあえず気持ちは伝えたから満足している。
そう思って席に座ると、隣に座っていた波風部長と目が合った。穏やかな微笑みを向けられて、やっぱりこの人にはかなわないなぁと思った。
俺抜きで会議は着々と進行していく。
終わってからイルカさんと話がしたいと思っていたのだが、俺から隠すように社長が遮りさっさと退室してしまったので、顔を見ることすらできなかった。


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2008.12.06


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