【恋はあせらず16】


その日からイルカさんにまったく会えなくなった。
朝に秘書室へ訪ねていっても、その姿はない。
「あの、イルカさんは?」
秘書課の同僚に聞いてみると、なんでも先日から社長を自宅まで迎えに行くことになったのだと言う。
じいさんめ! 俺に会わせないようわざとやってやがる。
奥でひそひそと囁いている秘書連中を無視した。社内ではよく見る光景なので、気にしない。俺はこういうことには無神経なので別になんとも思わなかった。好きに言っていればいい。
時間がある時には何度も足を運んだが、その度に社長のお供で外出だとか出張だとか、ともかく徹底的に避けられている。顔を拝むことすらできない。
じいさんの差し金だとは思うが、次第に不安になってくる。もしかしてイルカさん本人が会いたくないと言っているのだったらどうしよう。
会えない日数が3日になり、7日になり、2週間3週間と増えていく頃には、禁断症状が出てくるのではないかと思われた。
もう恋人とか贅沢は言わないから、せめて顔が見たい。声が聴きたい。
四六時中あの人のことを考えている毎日。
そんなある日、通い詰めた秘書課へ顔を出すと、例のお局様がやってきて対応してくれた。
「うみのだったらお茶菓子を買いに出かけてるわ」
「そうですか……」
また会えなかった。
ガッカリして溜息が漏れそうになる。
「かなり前に出たから、もうそろそろ戻ってきてもいい頃よ。ちょうど社長も手の離せない来客中だし。もう少し待ってみれば?」
「え。どうして」
どうしてこの人はそんなお得情報を教えてくれるんだろう。
首を傾げると、お局様はにっこり笑った。
「深草少将の百夜通いには程遠いけど、あんたはよくやってるわ。一足早いけど、頑張ってる良い子にクリスマスプレゼントよ」
ばんばんと腕を叩かれ、励まされた。
良い人だ、この人!
この前は邪魔なお局様とか思ってすみません、と心の中で謝った。
クリスマス。そういえばもうそんな時期だったか。
「応援してるわよ」
「ありがとうございます」
感謝を伝えてから部屋を出た。
秘書課へと続く廊下の片隅に立ち、イルカさんが戻ってくるのを待ち伏せる。もうすぐイルカさんに会えるんだと思うと、胸がドキドキした。
そこへ、おそらくお茶菓子が詰まっているのだろう紙袋を両腕に抱えたイルカさんが現れた。
向こうもこちらに気づいたらしく、駆け寄ってきた。
「カカシさん、久しぶりです!」
「イルカさん……」
じーんと痺れるような喜びが全身に走った。名前を呼ばれただけでも充分嬉しかったが、息せき切って駆けつけてくれるなんて。
久々に会うイルカさんは走ったせいか頬を紅潮させ、いつにも増して可愛かった。
「イルカさん。怒ってますか?」
「え。どうしてですか」
「あんな会議中に告白して……でも決してふざけていたわけでも仕事に不真面目なわけでもないんです。ただ……」
ただイルカさんが好きだと伝えたかっただけで。
そう言いたかったが勇気がなかった。
あの告白を不愉快に思われていたなら、さらに言い募って嫌われたくない。ずっと会えたら謝ろうと思っていた。
けれどイルカさんは笑って否定してくれた。
「初めはビックリしたけど、でも怒ってるわけじゃありません。怒るわけないじゃないですか」
よかった。安心した。
が、さらに続く言葉に安心などしている場合ではなかった。
「あれから俺なりに返事を考えていたんです」
「は、はい」
まさか今返事を貰えるとは思ってなかった。会うことばかりに気を取られていたから。
緊張に思わず膝が崩れそうになる。
「最初は自分でもよくわからなくて。でも、ここ最近ずっとカカシさんに会えない日が続いて、すごく寂しいと思ったんです」
え。それって、もしかして。
「会えなくなって初めてわかりました。自分はカカシさんが好きなんだなって。だからまだ俺のことを好きでいてくれるなら……」
『まだ』なんて、出会ってから今までイルカさんを好きじゃない時などあるわけがない。
「もちろんです! いつだってあなたのことが好きですよ。十年後二十年後だって今と同じくらい、いやそれ以上好きになってます、きっと」
誓ってもいい。
「それじゃあ、これから末永くよろしくお願いします」
イルカさんは生真面目にお辞儀をした。
俺も慌ててお辞儀をしてから頭を上げると、照れたように笑うイルカさんが目の前にあった。


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