【さかしまの国16】


ナルトの話を聞いてから、カカシはしばらく何も手につかない毎日だった。
ボーッとしているため、教え子に
「スキがありすぎだぞ、コレ!」
と言われる始末。
子供にまで悟られるなんて教師として問題だと、カカシはさらに気持ちが沈んでいく。そんな鬱々とした日々を過ごしていた。
ある日、アカデミーの帰り道でカカシは偶然イルカと出くわした。
笑みを浮かべてパタパタと近寄ってくる姿を見て、ああ、やっぱり自分はこの人のことが好きなんだ、とカカシは思う。
結局イルカ先生がどんな人を好きでも、誰かの恋人だったとしても、すぐに諦めることなどできないだろう。自分の心はけっこう頑固で融通が利かないから、何があってもしつこく好きなのだ。
そう心の中で整理がついたカカシは、前のように心からイルカに笑いかけることができた。
「一緒に夕飯でもどうですか」
「はい!喜んで」
誘いに応えてくれるだけでもこんなにも嬉しい。
そう思いながら、カカシは二人で肩を並べて歩き出した。
飲むのではなく食べるだけならば定食屋がいいだろう。店はさほど遠くなかった。世間話をしながら和やかな雰囲気で南西へと足を向ける。
「そういえば、イルカ先生は強い人が好きなんですってね」
カカシはちょうど話の流れで、よせばいいのについそんなことを口にした。
「え」
イルカの頬がさぁーっと赤く染まり、それを見てカカシは聞いたことを後悔した。どうして自分は余計なことを聞いてしまうのだろう。
「それ、どこで…」
「ナルトが言ってました」
「すみません…」
「え?」
「強い人が好きなんです」
イルカは恥ずかしそうに俯いて答える。
「そうですか……」
やっぱりね。
やっぱりイルカ先生も強い上忍なんかがいいんだ。きっと俺なんかじゃ駄目なんだろう。
直接本人の口から紡がれた言葉は、何よりも確かな事実で、俺を押しつぶしそうになる。
カカシは息が苦しくて溜息を漏らしそうになり、慌ててそれを飲み込んだ。
さっきそれでもいいという結論に達したばかりじゃないか。やっぱり心の奥底ではまだ期待していたのか。なんて欲深な自分。
カカシはそんな思いを、頭を振って追い払う。
「イルカ先生より強い人なんてそうそう居ないでしょうに。理想が高いんですね」
カカシはなけなしの理性を総動員して、笑顔を作った。
顔で笑って心で泣いて。
そんな陳腐な言葉を自分が実行するとは思わなかった。たとえ引きつったへなちょこな笑顔だろうとも。
イルカから見れば変な顔になって見えないだろうかとカカシは心配になった。だが、それは余計な心配だった。なぜならイルカは俯いてしまって、まったくカカシを見ていなかったからだ。
「それは……意地悪なんですか?」
「は?」
「意地悪で言っているんですか?」
顔を真っ赤にして俯くイルカは、意味不明なことを言う。
「あの……それは一体どういう意味でしょう?」
カカシは訳がわからなくて、恐る恐る聞いてみた。すると、イルカは弾かれたように顔を上げ、驚いたようにカカシを見つめた。しばらく何か迷っているようにウロウロと視線を彷徨わせていたが、ようやく決心がついたようで、まっすぐにカカシを見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「強い人が好きで、ずっとそんな人を探していました。ようやく出会えた時は嬉しかったんです」
イルカがしゃべる真剣な言葉に、カカシの胸の痛みは増えるばかりだ。
実在する人なんだ。もうつけいる隙がないほど好きのなのだ。
イルカの言動はそう物語っている。
『どんな人ですか』と聞かなくてはならないだろうか、とカカシは迷った。しかし、そんなカカシの耳に次に入ってきたのは驚くべき言葉だった。
「強いカカシ先生が好きです」
「えええっ!?」
もちろんカカシは自分の耳を疑った。あり得ない言葉を聞いた気がしたからだ。
「強いって、俺は全然強くなんかありませんよ!?」
「そんな、腕力とかそんなことを言っているんじゃないんです。俺にとっては、心が強くないと意味がない。自分が弱くて脆い人間だから憧れているのかもしれません。だから……」
だからあなたが好きです、と。
イルカは言った。
「忍びの腕はホントにからっきしですよ?」
「だから、それは関係ありませんて」
「万年中忍で、給料日前はお金がなくてぴーぴー言ってるようなしょうもない男ですよ?」
「カカシ先生がいいんです」
「でもでも……!」
驚き戸惑い否定しようとするカカシに、イルカは少し泣き出しそうに眉を顰めた。
「『頑張って』と応援してくれたのも、『今は頑張らなくていい』と優しく抱きしめてくれたのも、カカシ先生……あなたでした」


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2004.05.28


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