【男はつらいよ あじさいの花2】


そんな案山子屋に、突然と嵐がやってきた。
「カカシィ! よくやった。お前は私の万馬券だ!」
「はぁ?」
呆然とするカカシをビシバシ叩きまくるのは綱手であった。
「四暗刻(スーアンコウ)、いや国士無双(コクシムソウ)どころか九蓮宝燈(チューレンポウトウ)だよ!」
「おっしゃってる意味がとんと分かりませんが……」
カカシは痛みに顔を顰めながら言ってみたが、相手は気にも留めていない様子。
家にいる者は皆、何があったのかと集まってきたが、触らぬ神に祟りなしとばかりに遠巻きに眺めている。
後からついてきた自来也に救いの手を求めると、なるほど納得できる説明をしてくれた。
「お前が結婚する方に賭けてたんじゃ。十倍の利子つけてふんだくられたわ、まったく」
「なんだよ、それ! 人を賭けの対象にするなんて」
カカシが抗議するが、綱手は浮かれまくっていて全然聞いていない。
「仲人でも何でもやってやろうじゃないか。ああ、良い気分だぁ」
別に頼んでもいないのに綱手はやる気満々。
そこへ、近所へ団子を届けに出かけていたイルカが帰ってきた。
「自来也さま。綱手さま。いらっしゃいませ」
「おお、イルカ。聞いたよ、カカシと結婚するんだって?」
ひとしきりお祝いの言葉とお礼の言葉が飛び交った。
「で。いつやるんだい、式は」
「結婚式っていったらやっぱりジューンブライト。六月が一番だのぉ。ちょうど予定も空いてることだしな」
なんと夫婦揃って仲人をやる気満々だった。
今どき仲人なんて必要不可欠ではないため居なくてもかまわないのだが、大蛇丸の件で世話になった手前、断りづらい。
「六月じゃ、もうすぐでしょ。式場なんかはもう予約でいっぱい無理なんじゃあ……」
カカシにだって夢はあるのだ。結婚式は白い教会で挙げたいと思っていたりする。
そういう人気の式場はとっくに予約済みで空きなんてあるわけがない。それくらいならじっくり待って秋ぐらいだっていいではないか。
しかし、勢いづいた夫婦は、やれどこそこのあれならまだ空いてるかもしれない、やれあそこならまだごり押しできるんじゃないかなどと言い出す。まったく人の迷惑も考えず己の都合で何でも事を運ぼうとするのには困ったものだ。
そんな騒動の中、イルカが口を開いた。
「あの……この家でするわけにはいきませんか?」
「この家って」
「ああ、昔ながらの嫁ぎ先で祝言をあげるってやつ? ずいぶん古風だね」
「でもまあ、それならここの座敷を開け放てばいいから式場なんかなくてもできるし、楽っちゃー楽だわな」
「ここなら近所の連中も呼べるしな」
家主であるアスマも賛同してくれたので、イルカも安堵の表情を見せる。
「その方があまりお金をかけなくて済みますし。ね?」
イルカが笑顔でカカシを振り返る。
カカシの心中は複雑だった。本当はこれでもかというくらい豪勢な結婚式を挙げたい。イルカさんの目映いばかりの花嫁姿を周りに知らしめるのに、それくらいはしたいと思っていた。
が、なんといっても嫁に来てくれるのが奇跡と言えるイルカ自身がそう望むのであれば、叶えないわけにはいかないだろう。
「イルカさんがそうしたいなら……」
カカシが渋々言うと、
「嬉しいです」
とイルカがにっこり笑うので、あっさりと自宅で祝言ということに決まった。
その上。
「母が嫁いだ時の白無垢が家にあったはず。あれを着ればわざわざ借りる必要もありません」
イルカはとにかくお金はかけないと心に決めているらしく、節約第一に事を運ぼうとする。
「えええ! イルカさんのウェディングドレス姿は見られないんですか……」
どうやらカカシはさらに夢見ていたらしい。
角隠しも魅力的だけど、ウェディングだって見たい。あれもこれも着て欲しい。恋する馬鹿な男の脳みそなんてそんなものだ。
それにお金なんて一生に一度のことなんだからぱーっと使えばいいじゃないか。カカシはそう思っているが、お嬢様育ちの割に居候も経験して苦労しているイルカにとって、そんなことにお金を使うのは無駄という考えらしい。
「母の形見ですし……駄目ですか?」
不安そうな瞳で見つめてくるイルカに、果たして逆らえる人間がいるだろうか。
「でも、ウェディングドレス……うう」
それでも往生際が悪くカカシは渋っていたが。
「いいじゃないか。そんなのはレンタルして写真だけ撮っておけば」
綱手の一言で心が決まった。
「イルカさん!」
「はい」
「レンタル。絶対レンタルしましょうねぇぇぇ!」
カカシがイルカの手をぎゅっと握りしめて懇願した。
「私は別にいらないと思いますが、カカシさんがそこまで言うんだったら……」
と承諾されて、その場は収まったのだった。


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2009.06.27


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