【男はつらいよ あじさいの花4】


イルカの自室ではなく応接室に通されたということは、この邸宅に誰か居てそれを呼びにいったということだ。
二人は大人しくその人物がやってくるのを待った。
しばらくソファーに座っていると、慌ただしい足音が聞こえてきて扉が開く。
「イルカ!」
「エビス兄さま」
イルカがソファーから立ち上がったので、カカシもそれに見習って横に並んで立った。
「初めまして。いや、正確に言えば前に一度お会いしているのですが。私は、はたけカカシと申します」
緊張しながらもなんとか挨拶をした。
しかし、エビスはカカシなどまるでそこに存在しないかのように振る舞う。
「帰ってきたんですね、イルカ。無事でよかった!」
「いいえ、帰ってきたわけじゃありません。白無垢を取りに来ただけなんです」
イルカは、兄の仕打ちに不機嫌そうに眉を顰めた。
「白無垢? ああ、母上の。すぐに持ってきてください」
お手伝いさんにそう命令すると、エビスはまたイルカだけを見つめて頷いている。
「そうですかそうですか。イルカもようやく大蛇丸氏との結婚を真剣に考えてくれるようになって嬉しいですよ」
興奮気味のエビスは人の話を聞こうとしない。頭から決めつけて話を進めようとする。
「結婚式はどこでしましょうか。大勢の人を呼ばなくては。引き出物も何か珍しいものがいいでしょう」
「あの……」
カカシが口を挟もうとしたが、駄目だった。
「これから忙しくなりますよ」
あまりにもカカシを無視した話の流れに、イルカの堪忍袋の緒が切れた。
「私、大蛇丸という方とは結婚しません。カカシさんと結婚します」
「な、なんですって!?」
まさかイルカが口答えするとは思っていなかったのと、どこぞの馬の骨と結婚するという宣言にダブルパンチをくらう。
あまりの衝撃にエビスの身体はほとんど硬直して後方へ倒れる。床に直撃してかなりの音が部屋に鳴り響いた。
「大丈夫ですか!」
一応点数を稼ぎたいカカシが慌てて駆け寄った。イルカも心配そうにエビスの様子を覗き込む。
幸いエビスはすぐに意識を取り戻した。
「あの、お兄さん……」
「ききき君に、兄と呼ばれる筋合いはない!」
カカシの腕を払いのけ、エビスはわめき散らす。
可愛い妹を持つ兄とは、娘を持つ父と極めて同意義。娘に近づく虫に対して、ある意味定番中の定番な行動だったと言えよう。しかし、それをイルカが理解できたかといえばそうではなかった。
お手伝いさんが持ってきた白無垢の衣装や小道具を受け取ると、
「カカシさん、行きましょう」
と促した。
「え、でも」
おろおろと落ち着かないカカシとは正反対に、イルカは一見冷静に見える。
「もうここに用はありません」
そう言って、帰ろうとする。
「イ、イルカ?」
その静かなる怒りに、動揺するエビス。
しかし、イルカの怒りは治まらなかった。
「兄さま。そんなにお嫌なら、もう式に出ていただかなくてもけっこうです」
イルカは冷たく言い放ち、カカシを連れて屋敷を出て行った。


「イルカさん!」
怒っているせいで、イルカの歩くスピードは並大抵ではなく速かった。
カカシはこのまま帰ってしまっていいものか迷っていたので、なおさら遅れがちだった。
「イルカさん」
もう一度呼ぶとイルカが立ち止まった。
カカシが追いつくと、イルカは肩を落として
「すみません」
と謝った。
「兄が失礼なことを……」
「いいんですよ。これくらい覚悟してましたから。だって目に入れても痛くない可愛い妹をかっさらう俺に、良い印象があるわけないんだし」
「でも……」
カカシは家族に挨拶することには失敗したが、イルカが反対されたからといって結婚する気をなくしていないのは喜ばしいことだ。軟禁されることも免れたし、当初の目標は達成できたので満足だ。
それにしてもあんなに怒るイルカを見たのは初めてだった。
「でもよかったんですか? お兄さんを式に招待しないで」
「いいんです! 私もいい大人なんですから、誰と結婚しようと兄とは関係ありません」
と、まだ怒りを露わにする姿を見て、カカシは苦笑する。
理解してもらえなくて怒るというのは、わかってもらえる前提があるわけで、ある意味家族に対する甘えでもあるのだろうと思った。
できれば本当に認めてもらえたら一番いいのだけど、とカカシは考えていた。


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2009.07.18


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