【男はつらいよ あじさいの花7】


するとカカシは視線を泳がせ、
「あ〜、ちょっと疲れちゃって……」
と言葉を濁す。
それ以上何も言おうとしないので、隣に立つイルカに説明を求めると、イルカも少し困った笑みを浮かべる。
「実は旅行先で偶然兄と会いまして」
「はぁ!?」
「兄もちょうど旅行に来ていて、どうせなら一緒に観光しようということになって」
ちょうど偶然なんてことがありうるだろうか。ましてや新婚の二人と共に観光しようと言い出すなんて。常識から考えて、ない。
熱海の駅で声をかけられたらしい。
しかしそれは、間違いなく待ち伏せされていたと考えていい。どう調べたのか、いや、調べなくとも下町を歩いているナルトにちょっと尋ねれば、どこへ行くかくらいすぐに分かる。いつ行くのかだって結婚式の日を近所に触れ回っているのだから知るのは容易い。
「そりゃまた……」
執念深い兄だな、とアスマが言いかけたが、さすがにイルカの前だったので止めた。
なるほど、カカシが言葉を濁して語らないわけだ。おそらく口を開けば罵詈雑言しか出てこないと分かりきっているせいだろう。げんなりする表情から窺い知れた。


***


二人が熱海の駅に降り立った時、声をかけてくる人物がいた。
「イルカ! 奇遇ですね、こんなところで会うなんて」
「エビス兄さま」
イルカはもちろんのこと、カカシも驚愕した。思いもかけない人に出会ったのだから仕方がない。
なんでこんな所まで追ってくるんだ、まさか連れ戻しに来たのか!?とカカシは警戒する。
「ちょっと早いですが、墓参りに行こうと思い立ってね」
偶然を装っているので抗議するわけにもいかず、行き先も同じとあっては振り切って先に行くわけにもいかない。
共に並んで歩くことになった。
「結婚式には出席しなくて悪かったですね」
「いえ。私も招待しなかったから……」
イルカもあれだけ怒っていたくせに、根が素直なせいで相手が下手に出ると反省してしまう。
これは絶対にイルカの性格をよく理解した上での作戦に違いない、とカカシは目を眇めた。何を企んでいるのかは分からないが、油断しないでおかなくてはと思う。
途中で花を買い、墓所へと供えて手を合わせる。
イルカの両親も入っている墓とあって、カカシも真剣に祈った。イルカさんは必ず幸せにします!と誓いまで立てる。
イルカも長い間手を合わせて動こうとしない。エビスもエビスなりに思うところがあったのだろう、じっと黙して語らなかった。
墓参りが終わって、カカシとイルカは宿へと向かおうとしたのだが。突然エビスが提案してきた。
「どうせなら一緒に観光しましょう。えーっと、カカシくんでしたか? 彼とももっと親しくなりたいし」
本当に親しくなりたいと思っているかは怪しい。けれど、表面上そう言われてしまえば、無碍に断ることもできなかった。
熱海といえば有名なのは貫一・お宮の像。何が楽しくて新婚旅行で女性が足蹴にされてる銅像を観に行かなければならないのか。どういう嫌みだとカカシは思ったが、一応歩み寄る姿勢をイルカに見せて安心させたい気持ちもあったので、反対はしなかった。
海岸に建つ銅像を眺めていると、エビスがぶるぶると震えながら言う。
「お宮も可哀想に。金も地位もない男を選ぶなんて常識的に考えてありえませんよ。それなのに逆恨みされて暴力をふるわれるなんて理不尽な……!」
それが言いたくてわざわざここなのか。エビス、回りくどい男だ。
「そうそう。俺だったらイルカさんに暴力なんてふるいませんよ。ねー?」
カカシが引き攣った笑顔でイルカに同意を求めた。まさかそう返されるとは思っていなかったエビスは、カカシを憎々しげに睨みつける。カカシも負けじと睨み返した。
「そうですね」
すぐ側でバチバチと飛び散る火花に気づかず、イルカがにこりと笑って答えた。
カカシが勝ち誇った笑みで、どうだと言わんばかりに胸を反らす。それが勘に障ったのか元からそのつもりだったのか、以降エビスの陰険な攻撃が始まる。
これから今夜泊まる旅館へ向かうと言うと、
「偶然ですね。私もそこに泊まるんですよ」
と言い出し。
まさかと思ったが、宿へ行って確認してみたら予約が入っているという。念が入っている。
高級旅館ではあるが、資産家のエビスであれば予約を取るのも容易いのだろう。
どうせなら夕飯も一緒にと誘われ、断る理由もなかったしこういう機会もあった方がよいと判断したので了承したのだったが。絡み酒もいいところで、一晩中付き合わされた。
次の日もあっちの観光だ、やれ熱海に来たならあれを見なければと、連日連夜交流と称して振り回される羽目になった。


***


結局カカシは毎日気を張って疲労困憊し、見かねたイルカが家へ帰ることを提案したのだという。
「兄も悪気はないのですが……」
とイルカは言う。
いや、たぶん悪気はある。思いきりわざとだと断言してもいい、とその場にいる全員が思った。気づいてないのはイルカばかり。
が、今それを指摘してもイルカが居たたまれない想いをするだけで、何も良いことはないだろう。根本的な問題が解決するわけでもない。故に皆が大人の常識で口をつぐんだ。
「まあ、旅も良いけど家が一番って言うしねぇ?」
「そうそう。しばらく家でのんびりするといい」
そう勧めたが、イルカは戻ってきたなら働くと言い張って、明日から店に出ることになり、なおさらカカシの顔を曇らせたのだった。


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2009.08.08


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