【男はつらいよ カカイル純情篇2】


 そんな出来事があってから数日間、ずっとカカシの様子がおかしかった。食べるときにぼーっと天井を眺めてご飯粒をボロボロと零したり、柱に頭を思いきりぶつけたり。
「どうしたんだ、カカシの奴は」
「なんでもね。恋煩いらしいわよ」
「へぇ?」
「どこかのお嬢様だって」
「ふぅん」
 アスマと紅は遠巻きにカカシを見つめ、ひそひそと声を顰めて話していた。当の本人は、どうやらサクラ相手に夢を語っているようだった。
「俺とイルカさんが結婚したら?……もしそんなことになったら、一日中じいっとその顔を見てるよ、俺は。
台所で洗い物をしている、そのきれいな横顔を俺は見つめている。袖まくりをして洗濯をしている時は、その白いうなじをじっと見つめる。針仕事をするその指先に俺はじっと見とれている。買い物なんかも、俺はついていっちゃうよ。八百屋で大根を値切ったりする声にうっとり聞き惚れる。夜だって寝たりしなーいよ。スヤスヤ軽い寝息をたてるその美しい横顔をじっと見つめてるんだ。俺は寝ない。瞬きだって惜しいくらいだ。いいんだよ、食わなくたって。あんな心のきれいな人と一緒に暮らせたら、腹なんか空かないんだよ」
 実際にそんな生活をしているさまを思い描いているのか、うっとりとしながら言い募っている。サクラが呆れたような顔をしながら、それでも大人しく聞いてやっていた。
 それを見ていた紅がぽつりと言った。
「なんていうか、カカシのあの夢見がちな子供みたいなところ、嫌いじゃないわ私」
「……まぁな」
「でもお嬢様なんてね……」
 やはりカカシの望みは無理だ高望みだ、ただの夢物語だ。そう思い、紅は少し肩を落として溜め息をついた。
「世の中、なるようにしかならんさ」
 アスマはといえば、ぽんぽんと恋女房の肩を叩いて慰めるのだった。


 しばらく仕事どころではないカカシが、二階の自室に籠もっていると、下の階ではお客が来ている気配があった。
 しかしそんなことは知ったことではない。恋する男は忙しいのだ。カカシは勝手に結論づけて無視を決め込んでいた。
 ところが。
「お兄ちゃん!イルカさんって人が訪ねてきてるわよ!」
と、下からサクラが大声を張り上げた途端、スパーンと襖の開く音がしてダダダと階段を駆け下りてくる。その途中、ゴロゴロガッシャーンと大きな音がして辺りは静まりかえった。
 どうやら階段の途中から足を滑らせて転げ落ちてしまったようだ。腰を押さえながら店に顔を出したカカシは、もう片方の手で髪を撫でつけるやら、顔にかかった蜘蛛の巣を払うやら忙しそうだった。
「イ、イルカさん……っ」
「カカシさん、大丈夫ですか?」
 心配そうに駆け寄って埃を払う手伝いをするイルカに、カカシは茫然としながら質問する。
「あのっ、どうしてここに?」
「美味しいおしるこを食べに来たんだってばよ」
 ナルトが元気よく答え、そういえばそんなことも言ったのだったかと今さらながら思い至った。あの時は何も考えずに言ったけれど、こうしてまた会えたのだから誘って正解だったということだ。カカシは上手く回ってくれない頭を働かせながら、そう考えた。
「紅姐さん、おしるこ2つー」
「カカシさんは食べられないのですか?」
 イルカが首を傾げて聞くと、
「も、もちろん、食べます!姐さん、やっぱり3つ!」
と、慌てて自分の分まで注文したのだった。
 それを見ていたサクラや紅は、甘いもの苦手なくせに無理しちゃって……と心の中で呟きながら苦笑した。
 しばらくして紅の作ったおしるこが出来上がってくると、テーブルにイルカとナルトとカカシの三人で座り、食べながら話し始めた。
「俺たち、家出中なんだ」
「家出?」
「ナルト……」
 イルカがナルトの腕を引っぱって止めようとしたが遅かった。
「イルカ姉ちゃんが『せーりゃくけっこん』させられそうになったから、逃げてきたんだってばよ」
「今どき政略結婚だって!?」
 カカシが大声を出したため、紅どころかアスマまで奥から顔を出して見守っている。
「いえ、私は結婚すること自体はかまわないんです。顔にみっともない傷もあるし、結婚してもらえるだけでも有難いことだと思っています。ただ……私がお嫁に行ってしまうと、あの屋敷で子供はナルト一人になってしまうことを考えると……。先方にナルトも一緒に住んでよいか聞いてみたのですが、断られてしまって」
 イルカは形のよい眉をひそめて黙り込んだ。
 それを見たカカシは、なんとかしなくては!と使命に燃えているようだった。
「そ、そんなところにお嫁に行く必要なんてありませんよ!そうだ、こんなボロ家でよかったら、いつまででも住んでください!」
「でも、ご迷惑では……」
 躊躇っているイルカに、紅が優しく助言する。
「まあ、しばらくお屋敷を離れてみるのもいいかもしれないわ。お家の方もあなたもゆっくり考える時間ができるだろうし。ねぇ、あなた?」
「うちは全然かまわねぇぞ。部屋は空いてるんだ、いくらでもいりゃあいい」
 そう言われて少し気が楽になったのか、イルカは俯いていた顔を上げてにっこりと笑った。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えてしばらくお世話になります」
「ます!」
 ナルトが元気よく語尾だけを真似て繰り返すのを、全員が微笑ましく見守っていた。がしかし、ただ一人カカシだけはイルカしか見ていないようだった。


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