【いつかの約束4】


「それじゃあ、サンマを買ってきますから!」
平静を装い、財布を握りしめて家を出た。
猛スピードでしばらく走ってから、我慢できなくて人気のない道端にしゃがみこんで頭をかかえる。
変に思われなかっただろうか。
いや、絶対顔が真っ赤になっていたに違いない。体中血液が循環しまくっている気がする。
カカシ先生にキスされてしまった。
ああ、どうしよう。こんなことになるなんて。
俺とカカシ先生が恋人だなんて、ただちょっと普段の願望がぽろっとついて出た嘘だったのに。
信じているんだ、あんな嘘を。
申し訳なく思いながらも、早く食事の支度をしなければ不審に思われると気づき、俺は慌ててサンマを買いに行くべく立ち上がった。


懸命に作った料理は好評だった、と思う。
「美味しいですー」
とすごく喜んでくれたから。
「よかったです」
安堵しながらも、恥ずかしくて俯いてしまう。なぜならば。
「次はあれが食べたいです。あーん」
目の前で口を開けるカカシ先生。
いくら恋人同士だと信じてるからといって、ここまでしてよいのだろうか。恥ずかしくて死にそうだ。
しかし、信じ切って口を開けて待っている姿を見ると、まさか今さら間違いでしたと告白する勇気もなく、この行為は続けなくてはならないのだ。
それにカカシ先生は怪我をしているのだし、と自分を励ましつつ箸を持つ手を伸ばす。
「こ、これですか?」
「はい」
ホウレン草のおひたしを取って口に運ぶと、嬉しそうに咀嚼している。
うわ。なんか口布も額あてもしていないのに、そんな風に笑われると目のやり場に困る。ただでさえカカシ先生の笑顔には弱いのに。
こんなすぐ目の前で微笑んでいるなんて、なんだか信じられない気分だ。
きっとあれだ。
俺があんまり可哀想だから、神様がすこーしだけ幸せな時間をくれたんだ。
と思うことにしよう。
なんだか自分を甘やかしすぎている気もするけど、でももうこんな機会は二度と無いんだから。
夢みたいな時間がもう少しだけ続けばいい。ただそれだけを願った。


そんな風に過ごす時間はあっという間に過ぎてしまい、カカシ先生の頭の怪我も治ってしまった。
明日から通常任務に戻るという。通常任務というのは下忍の担当教官としての監督はもちろんのこと、上忍としての任務も含まれている。
外傷も治り身体が支障無く動けるならば、任務が下ってしまうのも忍びとして仕方のないことだ。それはよくわかっていたけれど。
上忍としての任務に出れば、きっと記憶を取り戻してしまうだろうとわかっていた。今まで慣れ親しんできた環境だから、それに連なる出来事を思い出すのが普通だと思う。
明日になればきっとお別れ。
「明日から任務ですね」
ぽつりと言うと、
「大丈夫ですよ。怪我はもう治ったから、心配しないでくださいよ」
とカカシ先生は言った。
俺が怪我のこととか任務が危険ではないのかとかを心配しているのだと思っているんだろう。
「心配なんて。カカシ先生が強いのはわかってますから……」
「じゃあ、何を心配してるんですか?」
気遣わしげに向けられる視線に少し涙が出そうになった。
「なんかいつもふっと考えごとしているみたいだから。……あ!もしかして、俺がまだイルカ先生のことを思い出さないから?」
そんな見当違いなことを言われて申し訳なく思ったけれど、それでもまだ思い出さないで欲しいと自分勝手なことを考える自分が嫌だった。我慢できなくなって涙がこぼれ落ちた。
「ああっ、泣かないでイルカ先生。すぐに思い出すから。ね?」
優しく抱きしめられて、さらに涙が溢れた。
お願いだから思い出さないで。
俺の願いを叶えてくれるというのなら、どうか一生思い出さないでください。
そんな口には出せない願いごとを、心の中で繰り返すしかなかった。


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2003.10.25


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