【子分の悩み】中編


そんなやりとりがあった後、単独で指名の任務が入った。数日里を留守にし、出来うるかぎり素早く任務を完遂して家路に着く。
帰るべき家に近づくにつれ足早になるのは仕方がない。食事は日数分冷蔵庫と冷凍庫に詰めてきたけれど、ちゃんと温めて食べているだろうか。心配が募る。
だけどそれだけではない。
早くイルカちゃんの顔が見たい。その気持ちが強くなるからだ。
光が灯った自宅の窓を見上げ、その暖かな灯りの色とイルカちゃんの笑顔が脳裏で重なる。
玄関の扉を開けてから、人の気配がする台所へと直行した。
もしかしてまた料理に挑戦しようと頑張っているのかもしれない。
もしそうであれば、間違いなくすごい状況になっているんだろうとは思ったが、それはそれ。後で片付ければいい話だ。それよりもイルカちゃんだ、と台所の前にかかるのれんに手を伸ばした瞬間。
「わぁ。器用ですねぇ」
イルカちゃんの感心したような声が聞こえた。
声が聞けたのは嬉しい。だが、それは歓迎すべき内容ではなかった。
浮かれていて気づかなかったが、台所にはイルカちゃん以外の気配がうろついている。迂闊だった、そんなことも気づかないなんて。
意識がイルカちゃんにしか向いてないからこうなってしまうんだ。
そう考えている間も会話はまだ続いていた。
「あなたが不器用すぎるんですよ」
「すみません」
聞き覚えのある声。いや、しゃべらなくてもチャクラで誰かすぐ分かる。
震える手でのれんを押しやると、そこには案の定テンゾウが包丁を握っていた。
「あ、カカシ。おかえり!」
イルカちゃんがいつもと変わらぬ笑顔で、呆然と立ち尽くす俺を迎えてくれる。
「……ただいま」
「おかえりなさい、カカシ先輩」
テンゾウ。お前におかえりと迎えられる筋合いはない。
「ど…して……」
どうしてここに居るんだ。と言いたいがうまく言葉になってくれない。
「今、ヤマトさんに料理を教えてもらっていたんだ。わざわざ訪ねてきてくれたんだよ」
あれほどよけいなことはするな、と言い含めておいたはずなのに、なぜ俺の居ない時を見計らって訪ねてくるんだ、こいつは。
「先輩は忙しいと思って。俺が代わりに教えてあげれば問題解決でしょう?」
いけしゃあしゃあとそんなことを言う。
が、イルカちゃんも強く頷いているので反論できなかった。イルカちゃんの望みを妨げることはできるだけしたくない。
「さあ、続けましょう」
「はい」
テンゾウに促され、イルカちゃんが包丁を手に取った。
切る前の手つきからしてもう慣れていないのが丸わかりで、見ていられない。
「イルカちゃん、代わろうか?」
声をかけるが、キッと睨まれ思いきり首を横に振られたので手が出せない。
はらはらしながら側で見守っていると、なんとテンゾウが、
「そんな持ち方だと駄目ですよ。もっとこう……」
とか言い出してイルカちゃんの手を上から握った。
あっ、何触ってるんだ!
まさか料理を教えるなんて名目で、テンゾウはイルカちゃんに近づこうとしていたのか!
最初から俺の大事な大事なイルカちゃん狙いだったなんて気づかず、騙された。油断していた。
「テーンーゾー」
今すぐ雷切をお見舞いしてやりたい衝動に駆られる。
が、かろうじてそれは我慢した。
なんといっても家の中で発動すれば、イルカちゃんと住む大事な我が家を確実に傷つけてしまう。それは避けたかった。
「はい? なんですか、先輩」
「ちょっと来い」
手招きすると、一応素直にやってくる。
イルカちゃんはまな板の上の作業に熱中していて、こちらの行動はもちろん声すら耳に届いてない様子だ。
それを確認してからテンゾウと向かい合った。
「お前、セクハラ?」
「は?」
「料理にかこつけてセクハラしてんの?」
「なっ、まさかそんな!」
テンゾウはぶんぶんと首と手を振って否定する。だがそんな口先だけの否定なんて信用できるものか。
「……イルカちゃんに気安く触るんじゃないよ」
今度やったらぶっ殺す。
という気概を込めて教え諭すと、テンゾウは神妙に頷いた。
触らずに教える、と真剣に誓うので、イルカちゃんの手前もあり今日は許すことにした。手出しをするとイルカちゃんに睨まれるので、料理中は目を離さずテンゾウを見張ることに集中したのだった。


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2008.09.06


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