【まいない】

2人のなれそめ(十五万打アンケート)


ある日、三代目にアカデミーまでちょっとこいと呼び出された。
また下忍選抜試験の季節か、と気づいて溜息をつく。
今まで合格させた子供は一人もいないから、またお説教付きなんだろう。面倒くさい。
しかし、呼び出しを無視するわけにもいかず、普段は決して行かないアカデミーの校舎に足を運ぶ。
廊下を歩いていると、前から書類の束を自分の頭より高く積んで運ぶ人間が歩いてくるのが見えた。
あ、そこは。
忠告する間もなく、その人物は廊下に仕掛けられた罠に足を踏み入れていた。子供の悪戯と思われる拙い罠だったが、視界を遮られた者にとっては避けるのは困難だ。
「うわっ」
案の定騙し罠に引っかかって足を取られ、思いきりすっ転んだ。書類は散らばって廊下を白一色に染めている。
「いてて」
転んだ際に顔面をぶつけたらしく、鼻を押さえている。そうとう痛かったらしく、目尻に涙が滲んでいた。
その姿に思わず吹き出してしまった。
笑い声を聞いてようやく俺の存在に気づいたらしく、はっと気づくと恥ずかしそうに頬を染めた。素早く立ち上がって、すごい勢いで書類を集め、何事もなかったにすました顔をしている。が、まだ頬が少し赤かった。
こほんと咳払いをすると、腰のポーチをごそごそと探り始め、何かを取り出した。
「賄賂です。これをあげるから、罠に引っかかったのは子供たちに黙っててくださいね」
こそこそと内緒話をするようにささやいて、俺の手にそれを握らせた。
賄賂ってこれが?
ぼんやりと手の中のものを眺める。
それは、きっと手作りだろうと思われる焼き菓子だった。きっとクッキーとかいうやつだ。
さすがにラッピングとかはしてなくて、そこらへんにあるビニール袋に入っていたけれど。
「俺の会心の出来なんです」
そう言ってにっこりと笑った。
呆然としていると、絶対内緒ですからね、と念を押して去っていった。
「甘いもの苦手なんだけどなぁ」
呟いてみても、あの人は戻ってこない。すごく残念。
こんな賄賂は初めてだ。
一つをつまんで空中に放り投げ、落ちてきたそれを口で受け止めて噛み砕く。
それはあまり甘くなく、たしかに会心の出来と自慢してもいいくらい美味かった。
面白い人だ。なんかいいなぁ、あの人。
また会いたいな。
名前聞きそびれたな。
そんなことをつらつらと考えながら、廊下を歩いて三代目のところへと向かったのだった。


どうやってあの人にまた会えるか、などと考えていた数日後。
それはあっさり向こうからやってきた。
「子供たちの元担任のうみのイルカです」
名前まで名乗っている。運が良いことこの上ない。
あいつらのこと、合格させて良かったなぁと少し邪なことを考えた。
挨拶をした後、俺のことを見て「あ」とかすかな声を上げ、困っているのか恥ずかしがっているのか判断がつきにくい表情で笑う。
それに関しては触れてこなかったけれど、覚えていたのだと嬉しくなった。
「ナルトたちのこと、どうかよろしくお願いします」
深々とお辞儀をする姿を見て、これを利用しない手はないんじゃないか?という悪魔のささやきが耳に聞こえた。
「じゃあイルカ先生。賄賂をください」
「えっ」
ぎょっとしたイルカ先生は、顔を青くしたり赤くしたり忙しそうだ。もしかして頭の中では上忍が請求する賄賂について様々な想像を巡らしているんだろうか。
慌てて誤解を解こうと口を開く。
「えーっと、そうじゃなくて。この前の賄賂、美味しかったから。たまに俺に夕飯作ってくださいよ」
「ああ!そういうことですか!」
ビックリした、と安堵の表情で笑うイルカ先生を眺めるのは楽しかった。
「そういうことなら任せてください。料理は好きなんです」
とりあえず手始めはこんなところで手を打とうと思いながら、にっこり笑うと、笑い返してくれた。


ここ数週間で何度も夕飯を作ってもらって一緒に食事をして、子供のお守りも張り切る自分がいた。ごくたまに昼の弁当まで作ってもらえる。
そんな毎日の中、上忍控え室で本を読んでいると、腐れ縁の同僚が話しかけてきた。
「ちゃんと下忍の面倒見てるみたいじゃねぇか?意外だったなぁ、お前が」
「イルカ先生から賄賂もらっちゃったからねー」
機嫌の良い俺は、そんな冗談を言った。
「へぇ、どんな」
「内緒」
手作りのご飯が賄賂。
人が聞いたら笑うだろうが、自分の欲しいものをもらうことこそ賄賂となりうるのだと思っている。だから俺にとってはこれが正解。
そう考えて、満足した笑みを浮かべた。
写輪眼のカカシも気に入るほどのすごい賄賂らしい、と噂になっていると知ったのは、かなり後になってからだった。それはまた別の話。


END
2004.09.11


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