【愛は噂や嘘よりはやく走れない2】


七班の報告書を受け取る時に、カカシが残念そうに言った。
「これからまた任務なんですよ」
だから今日はイルカ先生と夕飯食べられないんです、と。
上忍師の仕事が終わったら上忍の任務が入ることはよくあることだ。
楽しみにしていただけにイルカも落胆する気持ちは大きい。しかし、これは仕方のないこと。誰かが悪いわけではないのだから。
カカシはしきりに一人でも大丈夫ですかと心配している。
子供でもあるまいに、一人だと食事を摂るのもままならないと思われているのかとイルカは少し戸惑うが、気にかけてもらえるのは嬉しいことだと思う。
「大丈夫ですよ」
「そうですか? 心配だな……イルカ先生、知らない人はもちろんですけど、知ってる人にだってホイホイついて行っちゃ駄目ですよ」
知人ならいいだろうにと首を傾げるが、カカシがあまりにも真剣に言うのでイルカは素直に頷いておいた。
「お気をつけて」
無事を祈って送り出す。
カカシは心配そうに振り返りながら、受付所を出て行った。


「イルカ先生。さっきはたけ上忍と何をしゃべってたんですか?」
同僚に話しかけられて、イルカは言葉に詰まった。
自分とカカシはほんの少ししゃべっていることすら許されないのだろうか。そう考えると、イルカはカカシに会えてさっきまでふわふわしていた気分がしゅんと萎んでいく。
「あの……ナルトのことを聞いていたんです。今日はどんな任務をしていたのか知りたくて……」
ナルトのことを持ち出せば少しは納得してもらえるだろうと思い、つい嘘をついてしまった。
「ああ! そうですよね。はたけ上忍と話すことなんてナルトについてぐらいですからね!」
同僚のいかにもそれが当たり前だと言いたげな笑顔と言葉が、イルカの胸に突き刺さる。
カカシとはナルトを通してつながりがあるに過ぎない、と暗に言われているのだとイルカは思った。身分が違うから話すことなどないはずだ、と。
やっぱり周囲はそう考えるものなんだと思うと、イルカは溜息をつきそうになって慌てて飲み込んだ。
しかし同僚の男は、まさかイルカがそんなことを考えているとは夢にも思っていなかった。
彼にしてみれば、最近ナルトをダシにイルカに近づきちょっかいをかけてくるカカシは、憎悪の対象でしかない。
実はこの木ノ葉の里には、イルカ親衛隊というものが存在する。イルカ本人には決して知らされることなく、今までずっとこっそりひっそり見守ってきた集団なのだ。
いつも笑顔の人気者、心優しく人情厚いイルカを好きになる人間は星の数ほど居る。そんな連中が集まって遠巻きにイルカを見つめていた。今日のイルカ先生は心配事があって元気がないらしい、今日はアカデミーでも笑顔全開だとか、ほんのささいなことで一喜一憂している。
隊の中では抜け駆け禁止が暗黙の了解で、そんな規則を勝手に飛び越えてイルカに近づくカカシは隊員全員の怒りを買っている。なんとか阻止せねばというのが最近の合い言葉だ。
そんなわけで、親衛隊の一員であるこの同僚も、ナルトしか接点がないのを強調して早くイルカがカカシのことなど興味を失ってくれることを願って言ったのがさっきの言葉だった。
「それよりもイルカ先生。今日みんなで飲みに行くんですよ。先生も参加しませんか?」
「え。あの……給料日前なのでちょっと懐が寂しくて……」
「いいんですよ、イルカ先生ならお金なんて払わなくても! 心配しなくても大丈夫ですから」
「でも……悪いですから」
お金を払わない、なんてことはイルカの性格からして出来ない。
それに正直飲みに行く気分でもないのだ。払えないのを理由にして断ろうと思っていた。
「あ、ほら。この前借りた本、間違ってなくしちゃったじゃないですか。あれのお詫びです。だから行きましょうよ」
実はなくしたと言って自分のものにして大事にしまってあるのだが、そんなこと死んでも言えない。
今日はイルカを囲んでの親衛隊飲み会なのだ。これにイルカを連れて行くのが今日の最重要任務だ。
誘えなかった時には親衛隊を除隊させられることになっている。男も必死だった。
「本ってそんなに高いものじゃなかったから申し訳ないです」
「いえいえ、値段は関係ありません。借りたものをなくしてしまったわけですから、償うのは当然です。さあ行きましょう!」
まるで正論のように言う男に騙されて、イルカはついに飲みに行くことになったのだった。


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2006.07.29


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