次の日。
イルカは手紙を握りしめていた。
よくよく考えてみれば、カカシを目の前に告白するなんてできるだろうか。きっと緊張のあまり意味不明なことを行って自分の気持ちなど伝わらないに違いない。それならばいっそ最初から紙に気持ちを書いて渡せばいい、とイルカは考えた。
一晩かかって書き上げた手紙は今手の中にある。
きょろきょろと辺りを見回しカカシを捜していると、それほど時間がかからないうちに見つけることができた。なんといってもその姿は目立つ。
「カカシ先生」
イルカが遠慮がちに声をかけると、カカシは笑みを浮かべて振り返る。
がしかし。その横に寄り添うように立つ人物がいた。
綺麗な女性で、ああきっとこの人がアオイというくノ一なんだとイルカは納得した。と同時に、とっさに手紙を隠す。今渡す勇気はない。せめてこの人が居ないときにと望むのは、イルカにとってごく当たり前の行動だった。
「イルカ先生」
カカシが近寄ってこようとするが、アオイがその腕にそっと手をかける。
「カカシ。これから飲みに行きましょうよ」
「悪いけど、先約があるから。ね、イルカ先生」
カカシはにこりと笑ってイルカに同意を求めながら、手を振り払おうとしていた。が、イルカは腕を組む二人の印象が強すぎてそれに気付いていない。
「先約ってこの人のことなの？」
アオイは呆れたような口調で言い放ち、イルカを見やる。
なんでこんな中忍を？と思っているのが駄々漏れの視線に、イルカは身を竦ませた。
カカシとは確実な約束をしていたわけではなかった。たしかにいつもならば一緒に帰るのは暗黙の了解だったけれども。しかしそれでは先約とは言えない。ただの友人と恋人では比べるまでもないだろう、とイルカは思い込んでいる。
アオイの態度を見れば、もうヨリは戻ったのだろう。律儀なカカシだから約束と言ってくれるけれど、あきらかに自分は邪魔者ではないか。
そう考えたイルカは、昨日までの勇気も萎んでしまった。
「あの、今日はどうしても片付けないといけない仕事があって……すみません！」
そんな嘘をつく。
「……仕事ならしかたありませんね」
残念そうな表情は、きっとカカシが優しいからだとイルカは思う。
「それじゃあ、また明日にでも」という社交辞令も。
一緒に帰る明日なんて永遠に来ないだろう。悲しく思いながらも、イルカは頷いたのかただの黙礼なのか判断の付かないように頭を下げてアカデミーに戻った。
片付けないといけない仕事なんてあるわけない。
けれど、ああ言った手前何かをしなければと、自分の机の上を眺める。少しはみ出た書類を整えれば、もうすることは何もなかった。
仕方なく何もない机の上に、昨夜書いた手紙を取り出す。
それを眺め、イルカは溜息をついた。
どうして自分はこうのろまなんだろう。気持ちに気付くことも行動に起こすのも遅すぎる。結局告白することも間に合わなかった。
もっと早くに勇気を出していれば、たとえ結果がどうであれこれほど後悔はしなかったはずなのに。
そして用の無くなった手紙をビリビリと破り捨てた。
紙切れはまるで花びらのようにはらはらとゴミ箱の中に落ちていき、それを見届けたイルカは立ち上がりかけたが、思い直して印を組み、紙は火遁で焼いてしまったのだった。