【黄金伝説ふたたび】後編


翌日。
夕食は青魚を焼いたものにレンコンの煮物、トマトと紫蘇をたっぷり使ったサラダ。エトセトラエトセトラ。
なんでも花粉症に効くと言われている食材ばかりで作った料理だそうだ。
「美味しいです」
「それならよかった。たくさん食べてくださいね」
イルカ先生はにっこり笑って勧めてくれた。
その笑顔にぼおっと見蕩れる。おっと咥え箸は叱られるんだった。行儀良くせねば。
「俺、こういうものが効くって知りませんでした」
「実は今日改めて効果のあるものを調べ直したんです」
「えっ、本当ですか」
俺のためにそんなことまで。
「ありがとうございます!」
イルカ先生は、どういたしましてと言いながら、小さい器をさらに台所から持ってきた。
「はい、これデザートです」
その小さな容器に詰まっていたものは。
「ヨーグルト、ですか?」
「ええ。花粉症は、ヨーグルトを食べ続けるのがいいらしいですよ」
「へぇ。そうなんですか」
デザートにまで気を配ってあるなんてすごい。感激だ。
乳酸菌というのがいいらしい。
「ちょっと緑がかってますね。抹茶入りかな? いただきます」
たっぷり掬ったスプーンを今まさに口に入れたその瞬間、イルカ先生は言った。
「その緑はね、ワサビなんです」
それはもう自慢げに。
「…………ワサ…ビ?」
もう口に入れちゃったよ!
鼻にツンとくる痛みに涙がぼろぼろと溢れ出した。喉は熱くなり、咳が止まらない。
「そうです、ワサビです。花粉症に効くんですって! 魚屋さんに業務用のをタダで分けてもらったから、まだまだありますよ」
涙が滲む目の前にどんと置かれたのは、でっかい缶に入った粉ワサビ。
「イ、イルカ先生……これ入れ…すぎ……ゲヘッガハゴホッ」
噎せて言葉もうまく紡げない。苦しい。
「でもたっぷり摂取しないと効果がないそうですから」
「だっで、鼻にヅンっで……」
「そういうときは鼻から息を吸って口から出すんです。ほら、もうツンとこないでしょう?」
「あ、ホントだ」
イルカ先生は生活の知恵をよく知ってるなぁ。
……じゃなくて。そんな裏ワザを知りたい訳じゃないんだ。
これを食べたくない。ただそれだけだ。
そんな思いをどうやってイルカ先生に伝えたらいいのか。悩む。
だって俺のことを考えてくれたのは本当だから。けれど、いくらなんでもこれを完食できる自信はない。
いつまで経っても二口目に挑戦しない俺に、イルカ先生は優しい笑顔で語りかけてくる。
「カカシ先生。『良薬口に苦し』ですよ」
わぁ、イルカ先生ってさすが教師。
今一瞬説得されかけたよ俺。もしかして俺が駄々を捏ねているだけなんじゃないかと信じそうになったよ。
だってこれ普通の食べ物じゃないですよ、イルカ先生。
どうしても言い出せずに愚図愚図していると、さすがに怒ったのか少し厳しい表情で諭された。
「ちゃんと食べなさい」
「……はい、先生」
今の俺は蛇に睨まれた蛙だ。いや、海豚に睨まれた案山子だ。
かつてはヨーグルトと言って出荷されたはずの物体を掬い、仕方なく口に運ぶ。
強烈だ。
一口ごとに鼻から息を吸うのだが、鼻水が詰まっているので息を吸い込めない場合も多々あって危険だ。
知っている人も多いだろう。泣くことと食べることは両立しない。泣いてしゃくりあげている時に口に物を入れて飲み込もうなんて、窒息死しかねない。
それでもイルカ先生の黒い瞳が見守る中、なんとか死ぬ気で食べ終えた。


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