【親分の憂鬱・後編】


みんなが入っていった店は心配していたほど高級店ではなかったことにホッとする。
けれど、俺たち中忍の間では美味いけど高いとちょっとした憧れを込めて見上げる店で。もうそこからして違うんだ、と少し落胆した。
やっぱりカカシと自分は釣り合ってない。
楽しそうなあの輪の中に入っていけないぐらい。
離れた席から気配を消していれば、たとえ眺めていても上忍とはいえおしゃべりに夢中な人間に気づかれることはない。それはこの状況ではありがたいことなのに、とても寂しい。
集団からは楽しげな笑い声が聞こえてくる。
「はたけ上忍ってぇ、炊事洗濯掃除繕い物、なんでもできてプロ並みって聞いたんですけどぉ」
「そうだけど」
「え〜あたしもお願いしたぁい!」
「は? そんなのイルカちゃんのため以外にするわけないじゃない。馬鹿じゃないのアンタ」
カカシがけんもほろろに言い放った。
しんとするその場の空気。
どうしたんだろう、すごく機嫌が悪い。今まで見たこともないくらい最悪のテンション。カカシが『馬鹿』って言うの初めて聞いた! いつもにこにこ笑ってて優しいあのカカシが。
衝撃を受けていると、ひそひそと話す声を耳が拾う。
「カカシ先輩のご機嫌最悪じゃないか」
「もうすぐ台風になりかけてる低気圧そのものだぜ」
「誰だよ、連れてきたのはー」
「テンゾウだろ」
「テンゾウかよ、あの馬鹿! もっと空気読めよ、まったく」
きっとカカシの後輩達なんだろう。
カカシは後輩には厳しい先輩なんだろうか。多少怯えている空気が感じられる。
でも無理はない。笑顔じゃないカカシはちょっと怖いと俺も思う。
しかしそんなことを考えている間に、カカシの隣に座る女性が果敢にも不機嫌なカカシに尋ねていた。
「あの……はたけ上忍がアカデミーで教師やってる中忍の子分だっていう噂を聞いたんですけど、嘘ですよね?」
ついにきてしまった質問。
噂にまでなってるなんて本当にいたたまれない。
どう答えるんだろう。怪我をさせたお詫びだよって?
答えを待つ間、緊張で胸がバクバクしてきた。
カカシは少し首を傾げて言う。
「子分っていうのとはちょっと違うかもね」
その言葉に心臓が止まりそうになった。
ほら、やっぱり。
子分だなんて嘘だったんだ。ただの責任感から仕方なく嫌々やっていたんだ。
ごめんなさい、ごめんなさい。
涙が溢れてきて仕方がない。
もう今すぐカカシから離れてどこかでのたれ死のう、俺。
「だって俺は愛の奴隷のつもりだもん」
は? 今なんて言った?
「ええーっ、やっぱりそうなんですか!」
「ショックー」
周りが騒然とする中、カカシはさっきの不機嫌はどこへやら。楽しそうに笑っていた。
笑顔のまま視線がこちらに向いている。
「ね? イルカちゃん」
ね、じゃない!
もしかして俺がここに居るって最初から分かってた? 気配も消して完璧と思っていたのに。
っていうか、何? 奴隷って一体どういう意味!?
「酷いよ、カカシ!」
我を忘れて思わず飛び出してしまった。そんな風に言われるとは思ってなかったから。
頭の中がわんわんと鳴り響く。
「もしかして跡をつけて来てたんですか」
いつの間にか渋面のヤマトさんがカカシの側にいた。
失敗した。カカシが知っていたのはともかく、他の人にしかもヤマトさんに見つかるなんて最悪だ。
でもこれだけは伝えないと。
「あんまりだ。そりゃあ俺だっていつもわがままばっかり言ってて悪いなって思ってるけど、カカシのこと奴隷なんて思ったことないよ!」
「あはは。イルカちゃんはあいかわらず天然ボケだなぁ」
「う?」
意味は分からなかったが、おそらく良い意味ではないことは予測がついた。
面と向かって貶されて、さっきの涙がぶり返してきた。
「わ、悪かったな。どうせ、お、俺が迷惑のお荷物だって分かってるんだから!」
涙腺は壊れてぼろぼろと新たな水分を作り出す。しゃっくりまで伴ってみっともない事この上ない。
「何言ってるの、イルカちゃん!」
カカシがすごい剣幕で肩を掴む。驚きのあまりしゃっくりは止まっていた。


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