【幾千もの輝く星の一つ】

四拾万打リク『悲しいけれど救済のあるお話』


前々から私たちがずっと恐れていたことだけれど、カカシ先生の左目はついに見えなくなってしまった。
任務中のことだったらしい。
どうしても写輪眼が必要な局面で無理を重ねた結果だ。
任務には成功したが、結果は失明。
帰還してすぐ病院に収容され、火影さまの診察も受けたが駄目だった。
私の師匠でもある五代目は、この木ノ葉の医療では最高峰の医師。その人が無理と言うなら、もう手の施しようがない。元から、失明した目を取り戻すことは不可能なのはわかっていたことだけど。
知らせを聞いて駆けつけたイルカ先生を、私が病室に案内した。
白いベッドの上で呆然と座るカカシ先生。
近づくイルカ先生に気づいて顔を上げる。
「せんせ、どうしよう」
そう言ったカカシ先生の表情は、まるで迷子の子供のように頼りなかった。
「俺、なくしちゃったよ。せっかく貰った写輪眼なのに、なくしてしまったんだ」
私は見てはいけないものを見た気がして、すぐに病室を出た。
中の二人が何をしゃべっていたのかは知らない。知るわけがない。
カカシ先生があんな風になるなんて思ってもなかった。いつだって私たちの先生で、弱点なんかない憎らしいぐらい飄々としていた人だったから。
でも。たとえば私がサスケくんから写輪眼を貰ったとして、それを失ってしまったら私だってあんな風に途方に暮れてしまうだろう。
そう考えるとどうしようもなく胸が苦して悲しかった。


カカシ先生は最初の最初だけ取り乱したけれど、後は何の問題もない手のかからない患者だった。
病室を訪れると「もう『写輪眼のカカシ』じゃなくなったねぇ」なんて軽口まで叩くぐらいに。
それはとてもカカシ先生らしい言いぐさだったけれど、もしかして私たちに心配させまいとして無理をしてるんじゃないだろうか。
「額宛をつけてると思えば前と一緒だよ」とカカシ先生は笑って言う。
たしかに物理的には同じだ。
けれど私は知っている、里の上層部はそうは考えないということを。
失明した以上、写輪眼は眼軸ごと外せという意見まで出た。
見るという機能がなくなったとしても、遺伝子情報などは他国の忍びからは狙われている。それから守りきれるという保証がない限り、おそらくカカシ先生が里外へ出る許可が下りることはないだろう。重要な任務が割り当てられることも。
そんなことくらい、長い間上層部と関わりのあったカカシ先生には分かっているはずだ。
それは最前線で活躍してきた忍びにとって、致命的で絶望的なことだと想像する。
だから無理をしているんだと私は思った。
昔、カカシ先生に聞いたことがある。『子供の頃の夢って何でした?』って。
その時カカシ先生は、記憶を辿るように空を眺めた後にこう言った。
「そうだなぁ。輝く星になりたかったな」
それはあまりにも抽象的で、私は一瞬誤魔化されたのだと思った。
でもカカシ先生の表情は意外と真剣だったから、そうじゃないとわかった。
輝く星。つまり英雄みたいなものかしら。
私はそう解釈した。
英雄になるのが夢だったのなら、カカシ先生にとって今の自分はきっと不本意だろう。
もっともっと強くなって活躍したかったんじゃないだろうか。
それなのに周囲に心配かけまいとして明るく振る舞っている。そう思うと、何の助けにもならなかった自分の未熟さと無力さに歯噛みしそうだ。
「輝く星、かぁ」
「サクラはなかなか良いことを言うな」
「え」
突然背後から声をかけられ、いかに私が自分の世界に入り込んでいたか気づいた。
振り返れば、私の師匠がいつものように腕組みをして立っていた。


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