【閉じこめられた記憶の行方・後編】


イルカの家でする方が緊張がほぐれる上に安心だろう、ということでイビキとアスマとカカシの3人が訪ねたのは翌日だった。
ソファー代わりにベッドにイルカを腰掛けさせて、イビキが側に立った。
アスマとカカシは邪魔にならないよう少し離れて部屋の壁に寄りかかる。
「じゃあ、始めるか」
イビキがそう言うと、イルカは少し不安そうに周りを見渡した。
「大丈夫さ、イルカ。心配するな。お前も記憶がなくなるなんて嫌だろう?原因がわかれば、そんな心配もなくなる」
アスマが諭すように優しく言った。
「はい。そうですね」
その笑顔はやはり緊張のためかどこかぎこちなかった。
そしてイビキの誘導で、それは始まった。
「ゆっくり力を抜いて。そうだ。だんだん体が軽くなってきて、少し眠くなる」
イルカは軽い催眠状態に入ったらしい。
瞼を閉じてはいるが、普段と変わりない反応をしているように見えた。
「イルカ、『はたけカカシ』を知っているか?」
「昨日、俺が日記や写真やその他もろもろ預かったんだ」
アスマが辺りに響かないようカカシに耳打ちした。
ということは、今は俺のことを知らないイルカなんだ。
そう考えるといつものように胸がジクジク痛みだす。
「はたけ上忍ですか?お名前ぐらいは知ってますが、会ったことはありません」
「そうか?ナルトの担当上忍だろう。一度も会ったことがないのか?」
イルカが少し眉をひそめた。
「いいえ、ありません」
答えは同じだ。いつも、いつも。
俺のことがイルカの記憶に残ることはないんだ。
「ナルトが下忍試験に合格したと報告に来ただろう。そのときそこには誰がいた?」
「……サスケと、サクラです」
「二人だけじゃないだろう。他には?」
「他に…」
イルカの眉はますますしかめられ、苦しそうだった。
こんな苦しい思いをさせるくらいなら、もういいじゃないか。
カカシはそう思いはじめていた。
俺のことが記憶になくても生きていけるんだから、この人は。
「そこにいたのは誰だった?思い出すんだ」
「……駄目です。思い出したら駄目なんです!」
「どうして駄目なんだ?もしかして誰かにそう言われたのか?」
「……………………」
誰かに言われて?
体中の血が逆流しそうだった。
イルカ自身が忘れたいのならもういいと思っていた。
でもそうじゃないのなら、そんなことは許せない。
ぎゅっと拳を握りしめると、自分の爪で皮膚に傷が付いたのがわかったが、他に為す術もなかった。
静かに訊かれるイビキの質問とそれに対するイルカの答えに全身を緊張させて聞いていた。
「誰かに『忘れろ』と命令されたのか?」
「……命令された訳じゃありません」
「誰かが『忘れろ』と言ったのか?」
「…………」
口調こそぶっきらぼうだが、イビキの質問は微妙に変えられ、少しずつ真実に迫っているようだった。
イルカの方も最初のきっぱりした返事がだんだんとキレが悪くなってくる。
「その人間はどうして『忘れろ』と言ったんだ?『写輪眼のカカシ』を陥れるためか?」
「違います!」
けれどやはり知りたい答えは返ってこない。
「カカシも可哀想にな。酷いことをするものだ」
ぴくりとイルカの身体が動いた。
「酷い…ですか?」
「それはそうだろう。記憶に残らないなんて酷い話だ。ましてや親しく顔を会わせる人間ならなおさらだ」
「………でも……でも…」
少し泣きそうな顔をしながらも、どうしても言い出せないようだった。
やはり駄目なのかもしれない。
カカシが諦めかけたとき、イビキが急に話題を変える。
「イルカ。ここに一冊の本がある。古ぼけた本だ。何色に見える?」
「ええと。赤茶色です」
実際には存在しないもののイメージを膨らませるという、先ほどとは関連のない話にイルカは素直に答えられるようだった。だが、それに答えていくうち次第に催眠状態が深くなっていくという仕組みらしい。
「少しめくってみよう。何が見える?」
「アカデミーが。授業中です」
「この本は過去を見ることが出来る本なんだ。もっとめくってみようか。初めてはたけカカシにあった頃の頁はどうだ?」
「初めて……」
「ついこの前だろう」
「……もっと昔…俺が小さかった頃」
小さい頃に会ったことがある?
そんな覚えはなかった。


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