【太陽は眠っている。】


今日は控室で待機、と受付へ行くと言われた。
なので待機する場所へと向かう。
忍びは命令が下ってナンボ。大人しく従うだけだ。
控室にはちらほらと人が居て、腐れ縁の同僚も紫煙を燻らせていた。
近くに座ると、髭が言った。
「お前さ、いいかげんにしておけよ」
「なんだよ、いきなり。なんのこと?」
「イルカのことだよ」
「イルカ先生がなんだって?」
聞き返してみたが、言いたいことはなんとなくわかっていた。
あの人は小さい頃から三代目と懇意にしていたと聞く。その息子である髭とは交流も浅くない。
弟分ともいえるあの人を可愛がっている髭が、厳重注意に乗り出してくるのは想定内と言えた。だが、素知らぬフリを続ける。
「イルカの同僚を脅してみたり、残業させないように上忍権限振りかざしたり、上司に圧力かけて無理矢理休み取らせたり、子供の親に不穏な噂流したり。いろいろやってるだろうが。そのせいでイルカが周りから孤立しかけてるのを、お前が知らないわけないよな」
「そうなの?」
「白々しいんだよ」
まったく面倒くせぇと髭は呟く。
「付き合ってるんだろ、お前ら。何が不満でこんなことやってるんだ」
「ああ、付き合ってるよ。イルカ先生が俺に告白してきたんだよ、『好きです』って。ビックリだったね、信じられなかった」
まったくもって青天の霹靂だった。
前から好きで遠くから見守るだけなのは俺だったのに、どうしてこの人はこんなこと言うんだろう。
何を勘違いしてるんだろう。
ナルトを通して知り合ったから、子供好きのすごい良い人だと思い込んでいるんだろうか。俺なんかのどこが好きだって?
ぜんぜん理解できなかった。
「なあ。どうして俺がこんなことをしているか教えてやろうか」
「ああん?」
髭が嫌そうに眉を顰めた。
「楽しいからだよ」
うっすらと笑みが漏れる。
そう、楽しいのだ。この上もなく。
「あの人が周りに何か言われて傷ついても耐えている姿を見ると、ああ、まだこの人は俺のことが好きなんだって実感できるから。細胞の一つ一つが喜びに打ち震えるんだよ」
今はまだ勘違いしてるから俺のために耐えようと思ってもらえる。
でも。
「いつかそのうちあの人が俺のことで心が動かされることがなくなる日が来ても、今現在の感情だけを頼りに生きていける。そうじゃないか?」
きっとその日はそう遠くない。
将来あの人が俺のことなんか見向きもしなくなって俺一人だけあの人を好きでいて。でもあの時は俺のことを好きでいてくれたんだって思い出すのがささやかな幸せ。
今はただその日がくるのを待ってる猶予期間のようなものだ。
「お前な……」
髭が何か言いかけてやめる。
「はぁ……」
「何? 呼吸困難?」
「これはな、溜息って言うんだ!」
体調不良かと思って尋ねてみたら、いきなり怒り出した。
なんだよ、人が心配してやってるのに。
「なに? 何の話?」
そこへ紅がやってきて話に加わろうとする。
「カカシは馬鹿な奴だって話だよ」
「あら。そんなの前からでしょ」
言っていればいい。
他人のことなのに放っておこうとしないんだから、こいつらは。よほどの暇人なのか。
俺には理解できない話を始めた二人から意識を飛ばす。
あ〜あ、今日はどうやってあの人の傷ついた顔を拝もうか。
笑顔で隠そうとして、でも隠しきれなくて溢れ出る感情が今の俺の糧。
それだけを食べ、食い繋いで生きている。
いつか食べられなくなるのを知ってるから、飢餓感が増す。それまでに少しでも多く食べたいと願うのは当たり前の感情じゃないだろうか。
それなのに誰も俺のことをわかってくれない。
が、それでもいい。
わかってもらえなくても、今はあの人さえいればそれでいい。
もうすぐアカデミーの昼休みの時間だ。そう思い至って俺は立ち上がったのだった。



END
Aさんに捧げます。
2008.11.22


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