【同じ空の下2】


依頼人は感じの良いご婦人だった。今は緊張と不安で身体が強張っているが、普段は明るい性格だろうと思われた。
近づくと、その女性は座っていた腰を浮かしかけたので、「どうかそのままで」と言うとおずおずと腰を下ろした。
「初めまして」
笑顔を向けると少し空気が緩む。
「だいたいのお話は聞いてますが、さらに詳しく伺ってもよろしいでしょうか」
「は、はい」
先に渡されていた資料には、夫に先立たれ一人で田畑を耕して暮らしていること。今は冬期のためこんな遠くまでやってきたが、できれば春の田植えの時期までには帰りたい諭旨が書いてあった。
そう聞くと、ぜひとも探し出してあげたいと思い、質問にも力が入る。
「その忍びについて何か思い出すことはありませんか? 些細なことでかまいません。ちょっとした身体の特徴とか」
あまりにも昔のことなので正直期待はしていなかったのだが、意外にもその忍びは姓を名乗ったらしい。本来であれば民間人に名乗るなどあるはずがないのだが、子供を預ける親の心情を思いやってのことだと思われた。
しかし、それならば調査も早く進められるだろう。
「ええと、たしかその方は『うみ』という字がついていたと思うのです」
途端に心臓がバクバクと音を立てる。
木ノ葉で『うみ』がつく苗字はあまりない。それはこの里が海から遠く離れているからなのだが。
そんなことはない、と思いつつも恐る恐る尋ねた。
「……もしかして、うみの、ですか?」
「そう! そうです! 『うみの』さんでした」
相手は嬉しそうに相づちを打った。
「髪は綺麗な水色で。珍しい髪の色だからすぐにわかりませんか? うみのさんのこと、ご存知ではありませんか?」
気が急いているのか、口早に一気に尋ねられる。
「申し訳ありません。うみのの一族は髪が水色なのが血統でして。今のお話だけではすぐに誰とは特定できかねます」
俺の声は震えてなかっただろうか。
「ああ……そうなのですか」
期待していた分その落胆振りは気の毒なくらいだったが、俺は気の利いた言葉をかけてあげられなかった。
頭がガンガンと鳴り、手が震えるのを押さえるのに必死だったからだ。
まさか。
まさかこの人は。
黒い髪と瞳。目尻の笑い皺やその口元。
呆然と眺めるが、見ているだけで何かわかるはずもなかった。
「火影さまが、『見つかったら記憶を消して村へ帰してやる』と言ってくださって……」
涙ぐみながら、今はあの子に会うことだけが生き甲斐なのですと言う。
「どうかお願いします」
縋るような眼差しを前に、どうにか「わかりました」と答え、逃げるように部屋を後にした。


過去すべての資料や報告書が収めてある資料室は、入るためには鍵はもちろんのこと、そこの結界を通過するために許可証が必要だった。これこれこういう理由で資料を調べたいのだと申請して初めて許可が下りる。
許可証を持って入室し、年代別に整理された資料の棚を探した。
それに寄れば、二十三年前あの夫婦の住む村に立ち寄った可能性のある忍びはただ一人。報告書にも赤ん坊を拾って里へ連れ帰ったと書き記してある。
「父ちゃん……」
それは確かに父の筆跡だった。


***

小さな頃。
「父ちゃん」
「どうした、イルカ?」
「どうして俺は父ちゃんと髪の色が違うの? 俺も父ちゃんたちとおんなじ水色がよかった!」
父も母もうみのの血筋で、家族の中で俺だけが黒髪だった。
俺が口を尖らせて不満を垂れると、父はにっこりと笑った。
「イルカ。イルカはなぁ、神様からの贈り物なんだぞ」
「神様からの贈り物?」
「父ちゃんと母ちゃんがどうしても子供をくださいってお願いしたら、神様はちょっと慌て者でお茶目な人だったから同じ髪の色にはならなかったけど、ちゃーんとお前をくださったんだよ」
父はそう言って俺の身体を高く抱き上げた。
「きゃー、父ちゃん大好き!」
「あらあら、大好きなのは父ちゃんだけ?」
側にいた母が尋ねる。
「母ちゃんも大好き!」
それは幸せな頃の想い出。


***

資料室を出て、のろのろと足を動かしている声をかけられた。
「イルカ先生」
「あ、カカシ先生!」
辺りはもう薄暗くて、もうこんなに時間が経っていたのかとようやく気づいた。


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2006.02.18


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