帰り道



任務が終わってから、俺は忍者アカデミーの近くの角でイルカを待っている。
なぜなら、前にアカデミーの門で待っていたら、周りに冷やかされたのかイルカのご機嫌は最悪だった。もう口をきかないとか言い出して、なだめるのにどれだけ苦労したか。
あんな目にあうのはもうご免だから、イルカが通りかかるのを角に寄りかかって待っているのだ。
「カカシ!」
大きな荷物を抱えて駆けてくる姿は、嬉しいけれど急いで転ばないかとハラハラしてしまう。
イルカはアカデミー生の中でも背が小さい方で、手足も標準より細い。そのせいか、よく転んだりするから心配だ。
「イルカ。それ何?」
両手に抱えている黒い包みを指差すと、
「宿題!」
と、息を切らせながら元気よく答える。
こんなでっかいものが必要な宿題ってなんだ、アカデミーの教師ももうちょっと考えて宿題出せよ、と心の中で悪態をついた。こんなものを持って朝夕学校を往復させようなんて。
「重そうだから持ってやるよ」
「え、でも、重いよ……」
遠慮するイルカに、
「大丈夫だよ。任務だと、これよりもっと大きくて重いものを運ぶことだってあるんだから」
と言って、包みを軽そうに持ち上げると、楽しげに笑った。
「ありがと、カカシ」
あまり深刻に受け止めず、素直に礼を言ってしまうところがイルカの長所だと思う。そう言われると、次も何かしてあげたくなる。
「さ、帰ろー」
「うん」
いつも通る、里の中心部を横切る大通りを二人で歩き始めた。一番賑やかなところに差し掛かったとき、ふとイルカの足が止まった。
「あ、くれぃぷ屋さん」
「くれぃぷ屋?」
なんだ、それは。
「うん。今ウワサになってるんだ、異国の食べ物。生クリームたっぷりで美味しいって評判なんだよ。聞いたことない?」
「聞いたことないなぁ」
「そっか……」
少し残念そうにイルカの声が小さくなった。
イルカの視線はその店に釘付けになっていて、しばらくその位置から離れようとはしなかった。
「食べたい?」
「イルカは食べたくないもん」
食べたくないのだったら、そんなに不満そうに口を尖らせているわけがない。時たま天の邪鬼のイルカのことだから、本当のところは食べたいに違いない。
「本当に?」
「アカデミーは買い食い禁止だもん」
ああ、だからか。
アカデミーの決まり事なんて、なんの意味もないものが多いというのに、イルカは律儀に守っている。
アカデミー教師も、こんなに素直に信じている可愛い子を見たら、感激のあまり自らお菓子の一つや二つ買ってあげるに決まっているのに、と思う。
でもイルカはそんなことは考えたこともないんだ。決まりを守ることがいい子の条件なのだから。
「なんか食べたくなっちゃったなー。でもお腹が空いてないからそんなに食べられないし。誰か残りを食べてくれるんだったら買うんだけどなぁ」
ぷぷ。イルカの耳がピクピク動いている。
こういう言い訳があれば、イルカも規則を破らないで食べたいくれぃぷを食べられるというわけだ。
もう一押しかな。
「すっごく食べたいなー」
「……カカシがどうしても食べたいっていうなら、イルカが残りを食べてあげてもいいよ」
「ホントに?」
「う、うん。まかせてよ」
「じゃあ、買いに行こうか」
そう言うと、イルカの顔がぱぁっと輝いて可愛かった。たかがくれぃぷごときで、こんな笑顔を見られるのなら安いものだ。いそいそと任務でもらった報酬を詰め込んである財布を探しながら、店へと向かった。


「カカシ、カカシ! どれがいい?」
こんな乳脂肪のかたまりのどこがいいんだろう。
という正直な感想は、ショーケースの見本の前で瞳を輝かせているイルカにはまさか言えず。
「うーん。どれでもいい……じゃなくて、全部美味しそうで迷って決められないから、イルカが選んでよ」
「え、いいの!?」
「うん」
「えっとね。どれも美味しそうだけど、イルカはやっぱり苺が一番美味しいんじゃないかと思う」
遠慮がちにちらりとこっちを伺う。
たぶん、苺を選んでくれたら嬉しいけど、他のを選んでもそれはそれでいいし、でもでもやっぱり苺がいいかも。というジレンマが伝わってきて、なんだか楽しい。
イルカと一緒にいると、いつも楽しいことばかりだ。
「じゃあ、苺の1つ」
俺の言葉にほっとした後、自分の背より高いショーケースの上から早く出てこないかと待っている姿さえ可愛い。
ようやく出てきたくれぃぷを見て、驚きと喜びが混じったような表情で眺めている。それを受け取り、道を歩きながら食べることにした。
早く食べたいんだろうな。
でも俺が食べないと言い訳がなくなって買い食いなってしまうため、期待の眼差しで見つめらながらじっと待っている。
甘いものなんて食べたくもないけど、それでもイルカが待っていると思えば一口ぐらいしかたのないことだ。
できるだけ皮だけを目指してかぶりつき、
「もういいや」
と、イルカにくれぃぷを手渡した。
「え!もう食べないの!」
イルカは驚いて目をまん丸くして叫んだ。
「うん。ちょっと食べてみたいだけだったから。悪いけど残りはイルカが食べてね」
さすがに一口だけで渡すのはマズかったかとも思ったが、甘ったるいクリームはいらないので、強引に手渡す。
イルカは少し迷っていたが、それでも目の前にある誘惑に負けたのか、思い切って食べ始めた。
「美味しい!」
イルカは夢中になってかぶりついている。なんかそんなに幸せそうに食べられると、くれぃぷって代物も本望だろうというくらい。本当に美味しそうに食べていた。
あっという間にペロリと平らげてしまってから、イルカはハッと気づいて俺を見た。
「ごめん、カカシ!全部食べちゃった!」
「いいよ。残りはあげるって言ったんだから」
「でも……」
しょげているイルカを見ると、慌てて食べていたので口の周りに生クリームがくっついていた。顔を近づけて、舌でそれをペロリと舐め取った。
「うん。美味しかった」
さっきは何も思わなかったのに、なぜか今は美味しいと心から思えた。
イルカはといえば、カーッと顔を赤くして少し震えていた。
「カ、カカシっ!…なんでそういうことするの!」
あ、怒ってるかな?
いや、どっちかというと恥ずかしいの方かな?
じゃあ、大丈夫かな。本気で怒るとなかなか許してもらえないけど、そうじゃないならイルカはしつこく怒ったりしないし。
「だって、俺の買ったくれぃぷだよ」
と平然とした顔を装って言ってみる。
「それはそうだけど……」
へにゃっと眉を寄せて口ごもるイルカ。
「じゃあ、早く帰ろう。家に帰ったら宿題手伝ってあげるから」
そう言うと、イルカはもうさっきのことは忘れているかのように喜んだ。
「ホントに? あのさ、あのさ。やっててわからないところがあるんだ。ずっとカカシに聞こうと思ってて…」
「アカデミーの先生には聞かないの?」
「だって、カカシの方がわかりやすいし、上手いし、強いんだもん」
イルカが誉めてくれる言葉はすごく好きだ。真っ直ぐで何の含みもなく言われるから。
だからイルカと一緒にいるのは楽しい。いつまでも一緒にいたいと思う。
「じゃあ、家まで走って帰ろう。競争だ」
「あ、待って!カカシずるいー」
イルカのペースに合わせて、あまり引き離しすぎない程度に力を押さえて走り出した。
家までは大した距離ではないから、後ほんのちょっとで辿り着く。そこの角を曲がってもう少し。
これがいつもの帰り道。
楽しくて笑ったことしかない帰り道。


END



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