づつう、ようつう、めまいに初恋 写輪眼。 (後編) その翌日、アカデミーが非番のイルカがたまには自分の鍛錬も、と演習場に向かう為に髪を結い上げ終わったところでバァン!!と凄まじい勢いで玄関の扉が押し開けられた。 廊下に顔を覗かせると、予想通りカカシが、ひどく思い詰めた顔で、何故か閉める時だけ律儀に音を立てないように後ろ手に扉を閉めながら立っている。 「・・・イルカ先生、昨日のあれ、やっぱり取り消しです。」 「・・・はい?」 カカシは戦場ではさぞ対峙した相手を怯えさせただろう、という目をイルカに強く向けながら、まくしたてた。 「良く考えたら俺、今まで自慢じゃないけど寄ってくる女は多かったんです。それなりに長期間家に出入りしてた女もいたし、料理が得意で何か複雑な名前の料理作る女だっていました。だから、イルカ先生が初恋なんてことはありえないです。」 いや、最初から俺が初恋とは誰も思ってないけど ・・・ていうか、回ってる!!あんた、今額当ての下で絶対写輪眼回ってるだろ!! カカシの全身から伝わってくるどす黒いチャクラにイルカが思わず玄関先からニ、三歩退きかけた時、いきなりカカシが後ろ手に持っていたものをバサリとイルカに押しつけた。緑がかった白い花々に薄いピンクや淡い卵色の花を散り混ぜた、可憐な花束だ。 「そういう訳で、イルカ先生は俺の初恋じゃありませんからね!!勘違いしないように!!」 行動と裏腹な言葉を叫ぶと、再びカカシはバアン!!と扉を開けて走り去っていった。押しつけられた花束を両手に抱えたまま疑問符で頭を一杯にしたイルカがとりあえずコップにでも、と振り返ると 「ぅおわあ!!」 忍びらしからぬ叫び声を上げた先には、さっき走り去って行った筈のカカシが気配も無くイルカの真後ろに立っていた。 「カッカッ・・・カカシさん、何なんですか!?」 「・・・でも、イルカ先生の作る飯ほど美味しかった訳じゃないですから。」 そういうと、カカシは今度こそ風を巻き起こして姿を消した。 ・・・一体何だったんだ、今のは。 玄関先にイルカがまとめて出しておいた古新聞が、カカシが巻き起こした風で四方八方に舞い散っている。 イルカがふと目を落とすと、手の中の花束を包む何重にも重ねられた半透明の薄紙には、かつての教え子、山中いのの実家である花屋の札が付けられていた。 「あれ、イルカ先生?」 「おう、今日は任務休みなのか?いの。」 演習場への通り道にある花屋の店先では、いのが赤いエプロンをつけて店番をしていた。 「先生こそ、アカデミー休みなんて珍しい・・・あ、そうだ!イルカ先生、カカシ先生に今日会う予定無い?」 「カカシ先生?」 内心でどきりとしながらイルカが「カカシ先生がどうかしたのか?」と聞くと、いのはエプロンのポケットから小銭をじゃらじゃらと取り出した。 「これ、お釣りなんだけど渡しといて欲しいんだけど。さっきカカシ先生、人が話してる途中でいきなり飛び出してっちゃったのよね。ほら、おっさんに渡したらとっとと自分で使っちゃいそうじゃない?」 自分の師匠を遠慮のカケラも無く「おっさん」と呼ぶ少女は、急に肩を寄せてククッと笑い出した。 「それがさあ、聞いてよイルカ先生!おかしいの!あのカカシ先生が何て言って注文したと思う?」 「・・・さあ、誰かの誕生日、とか?」 「違うわよ!あの顔でね、『初恋の人にあげる用の花束作って』だって!!」 昨日に引き続いてその場にずるずると崩れ落ちそうになったイルカは、元生徒の手前何とか体を支えた。 「・・・それで、カカシ先生がお釣りを忘れて行ったのか?」 「そう。私がどんな人?とかいつ頃好きだった人なの?とか聞いてもニコニコ気持ち悪く笑うだけだったのにね、『初恋は絶対実らないっていうからやっぱりダメだったんでしょ?』って聞いたらいきなり飛び出して行っちゃって。」 それだよ。 いの、すごいぞお前。里の誇る写輪眼にクリーンヒットだ。 全く失礼よねえ、せっかくこの私が初恋っぽく可愛い花束に仕上げてあげたのに。ブツブツ言う少女の前で、イルカは乾いた笑いを上げるのみだった。 「カカシ先生知らなかったんじゃないの?」 「・・・『初恋は実らない』っていう迷信か?・・・まあ、そうだろうなあ。」 「ま、その点私は大丈夫だけどね!!」 「・・・何がだ?」 「だって私の初恋はアカデミーに入る前だもん。サスケ君が初恋のサクラとは、訳が違うわよ!!」 全く根拠の無い自身を元に大地に両足を踏ん張って胸を張るいのの手から、イルカは苦笑しながら釣りを受け取った。 「ちゃんと渡しといてね、うちの信用にも関わるんだから!!」 「ああ、大丈夫だよ、絶対渡しておくよ。」 そう言って花屋を後にしかかったイルカは急にくるりと振り向いた。 「いのお前ェ、そうやってるポーズは何となくアスマ先生っぽいぞ。」 「・・・ちょっと、止めてよイルカ先生!!乙女を前にしておっさんと一緒にするなんて失礼よ!!」 慌てて大地に踏ん張った両足を崩すいのに笑いながら「冗談だよ。」と言うと、イルカは行き先を演習場からカカシの家へと変えた。 ドアを開けて出てきたカカシは、イルカの顔を見るなり 「初恋じゃないですよ。」 と言った。 さっき見た時よりも悲壮感の漂うその顔を見ているうちに、イルカの腹の底から笑いがこみ上げてきた。 「・・・ぶっ・・・・はは、あはははは。」 ついにアパートの渡り廊下に腹を抱えてうずくまりながら笑い続けるイルカを、カカシは眉尻を下げながらもきょとりと首を傾げて見ている。 「・・・イルカ先生、何かおかしいですか?」 「・・・いえ、いいんです。おかしくないです。」 ようやく笑いを収めたイルカは、涙を拭いながら立ち上がると、カカシの両手を取って自分の頬に当てた。 「カカシさんにとって俺が初恋だろうと初恋じゃなかろうと、関係無いですよ。そんなの全然関係無いし意味が無いです。」 「・・・本当ですか?」 「はい。」 笑顔でそう言い切るイルカに初めて安心したように眉をゆるめるカカシを見ているうちに、ふと悪戯心がわいた。 「だって、俺の初恋がカカシさんですから。」 ドアの枠に頭をぶつけるんじゃないか、という程全身をビクゥ、と仰け反らせたカカシは、イルカの「冗談です。」という言葉に殆ど半泣きでイルカに抱きついてきた。 イルカは苦笑しながら、いつもよりも強い力で自分を抱き続けるカカシの銀色の髪にぽふぽふと手を置いた。 まったく、この人は。 END. |