だれも知らない泣き虫のあなた 任務受付所に、イルカの姿は無かった。三人の子供達を連れてカカシが足を踏み入れた時にはちょうど窓から差し込んでいたその日最後の夕陽の一筋がふっと姿を消し、夜がゆっくりと帳を下ろして木の葉の里を包み込もうとしていた。 「あれー、イルカ先生どこ行ったんだってばよ!一楽行こうと思ったのに!!」 受付の机に飛び乗って三代目火影に顔を寄せて尋ねようとする教え子の襟首を掴んでぽいと無造作に横に放り投げると、カカシは報告書を提出しながら傍らに置かれた本日の任務による死傷者一覧にちらりと目を遣った。 ふと、その眉がわずかにひそめられた。『死亡』の欄の一番上に小さく記された名前は、イルカが一週間程前に口にしていた名だ。 『この間、わざわざ俺のところまで言いに来てくれたんですよ。』 イルカは穏やかな笑顔で、少し目を伏せながらそう言っていた。 『俺がまだ教師になりたて位の時に受け持ってアカデミーから送り出した子で、初めてのAランク任務だって言ってやたらはりきってました。・・・俺は受付もやってるから、あの子が今度Aランク任務につくことくらいとっくに知ってるって、あの子も分かってるはずなんですけどね。』 「・・・こいつは任務先で死んだのか?」 ぎゃあぎゃあとわめく金色の頭を後ろ手で押さえながら空いた手でその名前の上に指を置いて、他に聞こえない程に低められた声でカカシは尋ねた。 「いいえ、重症を負って里に運ばれて戻ってから、病院で死にました。−うみの中忍が、死ぬ間際までずっと付き添っていたらしいですよ。」 天井を仰いでから子供達を振り返って 「はーい、それじゃあ今日は解散。ナルト、お前も今日は一楽諦めて家に帰れ。」 と言ってパンパンと手を叩いたカカシに、三代目火影が煙管を咥えたままで「カカシ。」と声をかけた。 「あれ?来てたんですか、カカシさん。」 その夜遅く帰ってきたイルカは、いつも通りの笑顔で言った。カカシは口布も額当てもつけたままの姿で、ニコリと笑ってみせた。 「すみません。俺今日は外で食ってきちゃったんですけど・・・何か作りましょうか?」 『功を焦っての、前に飛び出して敵忍の火遁をまともに喰らって、一部は生きてる間に炭化するほどのひどい状態じゃったらしい。』 「ああ良いデス。俺も今日は済ませてるんで・・・イルカ先生、どうしたんですか?その顔。」 「あ・・・。」 イルカは少し腫れて擦り傷のようなものも残る顔に手をやった。その手首にも、爪が食い込んだような跡が紫色に残る。 『相当錯乱しておって、押さえつけても押さえつけてもベッドの上で暴れて手がつけられんかったらしい。それをイルカが、振り回した手が顔にまともに当たっても構わず真正面からしっかり抱いてやっての、それで目の前の相手がイルカなことは分かったらしいが』 「ちょっと演習の途中でドジっちゃって。情けないですよねえ、忍びのくせに。」 カカシは立ち上がってタオルを塗らすと、冷凍庫の氷を包んで手渡した。 「今のうちに冷やしとかないと、明日アカデミーで大変でーすよ。」 「あ、すいません。子供たちって、本当俺がちょっとでも変わったところがあると目ざといですからねえ。」 『そやつは先生怖い、先生死にたくないと言いながらイルカの手首をギリギリ言う程握ったが、イルカは最後までそやつをしっかり抱いて、大丈夫だ、ここにいる、良く頑張った、と繰り返し耳元で言い続けておったらしい。・・・今後も、イルカの教え子が忍びとして育てば、同じ様な場をあれは何度も体験するじゃろうな。』 「あ、カカシさんすみません。」 「ハイ?」 イルカは鼻傷をこりこり掻きながら、きまり悪そうな笑顔で言った。 「俺、今日はちょっと仕事が進まなくって、持ち帰ってきた仕事が山ほどあるんですよ。」 その数時間後。痛む手首と顔をそっと洗ったイルカが浴室から出てくると、帰った筈のカカシが寝床に座っていた。 「カカシさん?」 眉をひそめたイルカを前にして、カカシは頭をかきながら 「イルカ先生、ちょっとお願いがあるんですけど。」 と言った。 「何ですか?」 「俺ねえ、最近里外での単独任務が多かったじゃないですか。」 「ええ・・・。」 「写輪眼もね、繰り返し使ってると眼が痛んじゃって。涙出した方がスッキリするみたいなんですよ。」 首を傾げながら手招きしたカカシは、近寄ってきたイルカを寝床に引き込むと、イルカの頭を自分の胸元にぴったりと引き寄せた。 「だからね、今夜一晩一緒に泣いてもらえません?一人で泣くのって、何だか格好悪いんでーすよ。」 イルカの体を軽くゆっくりと揺すりながら、カカシは耳元でそう言った。 嘘つきだ。 そう心の中で罵ったイルカの目尻から、ボロリと涙が零れ出た。 目の前で仲間の忍びが死んだって自分が傷を負ったって泣くことが出来ない人のくせに。そうやって長年色んな死を自分の中に抱え込んで来たあなたの前でだけは、泣きたくなかったのに。 嗚咽するイルカに 「これからも時々一晩一緒に泣いてね、イルカ先生。俺がうまく涙が出せなかったら、俺の分まで涙出してね。」 とささやくと、カカシは 「俺、泣き虫だから。」 と、見え透いた嘘をついた。 END. |
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『うたうたい。』のけろぽんさまより。
『うたうたい。』さんサイト参万打記念にリクエスト投票企画があり、
1位になったこのお話がフリー配布となりました。
テーマは『だれも知らない泣き虫のあなたというタイトルのお話』。
これはですね。合同誌のテーマを決めるときにボツった
「お互いのタイトルを取替えっこして書く」企画がどうしても頭から離れず
企画の時に私がリクエストしてしまったという。
だってけろぽんさんが「もし書くとしたら『だれも知らない〜』かな」と
言ったんですもん。読みたい読みたい読みたいー!
私が無理を言って書かせてしまったようなものです。すみません。
しかし出来上がったお話を読んだら
そりゃもう私の長いタイトルも無駄ではなかった!と叫びそうなくらい
素敵でたまらないお話が読めましたよ。
イルカ先生の笑顔に胸掻きむしり、カカシ先生の男前ぶりに拳握りしめ
カカイラーとして我が人生に悔いなしと思いました。
ありがとう、ありがとう。けろぽんさん!
冬之介 2003.06.25
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