りんご こりんご 「イ イルカ先生・・・・」 呼びかけにしてはあまりにも小さな声。 廊下を颯爽と歩いていたイルカがその声に気付いて振り返る事が出来たのは それが自分の知る教え子のものだったからだ。 振り返った先には黒髪の少女が控えめに立っていた。 「こ…こんにちわ、イルカ先生」 「お!ヒナタじゃないか。どうした?アカデミーに用事か?」 「あ・あの・・・・イルカ先生に・・・・」 「オレに?」 「・・・・は…はい、えっと・・・・・・」 もじもじもじもじ 指先を絡ませながらヒナタは何度か口を開くのだが 中々言葉は出てこない。 「・・・・イルカ先生・・・・あの、わ…私・・・」 「うん?」 「いきなりでごめんなさい・・・・でもどうしても お願いしたくて」 「お願い?ああ良いよ、言ってごらん」 「えっと・・・あ、私・・・・・」 「うん。なんだい?」 中々進まない会話であったがイルカは根気良く言葉を待つ。 「わ…私にお料理を 教えて欲しいんです・・・・!」 「料理?」 ヒナタがコクンと頷く。 「それは構わないが・・・そういうのは紅先生の方が得意なんじゃないか?」 「紅先生は 料理が苦手だって・・・・言って」 「へえ、そうなのか」 少女の班の上忍師は新人スリーマンセル三班の中で唯一のくノ一である。 「・・・いのちゃんも、サクラちゃんも、お料理は苦手みたいで・・・・」 イルカは女性の方が料理に関しては得意だろうと思っていたのだが どうやら最近では一概にそうとも言えないらしい。 「そ そしたら二人が…イルカ先生は料理が得意だって 言って・・・・」 「ハハハ、それでオレか。良し、いいぞ!・・・・・・・・・だが」 承諾の言葉にパアと顔を明るくしたヒナタだったが、 言葉を切ったイルカに不安そうな眼差しを向ける。 イルカはそんなヒナタを見てニッと笑って続けた。 「男の料理だからな。大した物は教えてやれないぞ?それでも良いか?」 「・・・・はい・・・!」 「場所はアカデミーの調理室でも借りるか?ヒタナさえ良ければ 先生のうちでもいいぞ」 「で…でも迷惑じゃ・・・・?」 「いや、片付けなんかを考えるとむしろその方が楽かな」 「じゃあ イルカ先生の家でも・・・・・」 「ああ。都合が良い日を教えてくれたら準備をしておくよ。 何かメニューのリクエストはあるのか?」 「あの 肉じゃがを・・・・・」 「肉じゃがか。それじゃ簡単だ!」 定番、定番、と頷きながらイルカが承諾する。 「だったら特に材料を揃えなくても大丈夫だから、いつでもおいで」 「は…はい。よろしくお願いします・・・・」 ペコリと深くお辞儀をしたヒナタに、イルカは「おやすいご用だ」と笑って答えた。 そして数日後。 「さ、オレは口を出すだけだからな、頑張れよ?」 「・・・・はい・・・・!」 約束通り、イルカ宅にてマンツーマンのお料理教室が開催された。 女の子らしい可愛い模様の入った黄色いエプロンをつけたヒナタが イルカの横に並んで台所に立つ。 口を出すだけ、と言いつつもさっそく野菜を洗うのを手伝いながら イルカはふと少女に尋ねた。 「ところでヒナタ」 「はい・・・・」 「どうしていきなり料理を習おうなんて思ったんだ?」 「・・・え?あ・・・あの、・・・・・・・・た・食べてもらいたい人が いて・・・・。 自分で 料理をする人じゃないみたいだから・・・・だから・・・」 「そうか・・・・」 真っ赤になったヒナタの頭に浮かんでいる人物は 予想に違わずラーメン好きなあの子だろう。 (ナルトも中々やるじゃないか) 親心のようなものか、ヒナタがナルトを見てくれていると思うと 嬉しくなる。 「それじゃあ味付けは砂糖を少し多くしておこうな。ナルトは甘めが好きなんだ」 「は・はい・・・・・。・・・・・・・。・・・・・・・・・っ?」 ぼとん 「ん、ヒナタ?」 「・・・・なっ なん・・・ナル・・・っ」 「あ」 洗っていたジャガイモを手から落として硬直する少女を見て しまった、とイルカは口を押さえた。 ついつい名前が出てしまった。 「いや・・・・あのだな」 「〜〜〜〜〜」 リンゴのような顔色で俯いてしまったヒナタに イルカは困ったように笑いながら 「ほら、教師なんてやってると感が良くなるんだよ」 と誤魔化した。 間違っても、態度を見ていればバレバレなどと言ってはいけない。 「あ・あ・あの、ナ…ナルト君には・・・・」 「ああ、もちろん言わないよ。・・・・それともヒナタは先生が信じられないか?」 少し悲しげな声を出すとヒナタは慌ててブンブンと首を振った。 「そんなこと・・・・っ」 「大丈夫、絶対に言わないさ。・・・・あのな、変な話だけど、その、嬉しいんだ。 ナルトの為に何かしてくれる子がいると思うとな」 「・・・・・イルカ先生」 「あの子をしっかり見てくれる人間は少ないから」 告げる言葉は淡々としていたが、その声は先程よりも悲しそうで ヒナタは心配そうにイルカを見上げた。 「ハハ。だからヒナタには、これもまた変な話だが感謝してるんだよ。 うーん。そうだな。ヒナタならオレも安心できる!」 「え・・・・・あ・・・あ・・・・・」 イルカの言わんとする所が分かった瞬間、ヒナタは プウシュウウ〜と湯気が出そうなほど頬を上気させた。 そんな可愛らしい少女の様子を見てイルカは愛しげに目を細めた。 ――― その瞬間、遠くで妙な気配を感じたがイルカは無視をした。 コトコトと鍋が音を立てる。 ヒナタは湯気をあげるジャガイモやニンジンを少しずつ小皿に盛って それをそっとイルカに差し出した。 「どれどれ」 「・・・・・どうですか・・・?」 「・・・・・・・・・・うん、美味しい!」 もぐもぐと咀嚼を終えたイルカがパッと笑みを浮かべる。 その表情はナルトのものとそっくりで、ヒナタは自分よりも年上の彼を見て 微笑ましいなどと思ってしまった。 小さく笑みを零す少女の頭を撫でながらイルカは指でOKのサインを出した。 「これならあいつも喜ぶぞ!」 「あ・・・ありがとうございます・・・・」 「良く頑張ったな!あとはもう何品かつくって夕飯にしようか。 先生も手伝うから」 「はい・・・・」 ヒナタが頷いて答えたそのとき、玄関をドンドンと叩く音が響いた。 「イッルカ先生ー!飯食わせてー!」 「こんばんわ〜」 続いて少年の声と男の声。 少年の方の声にヒナタがカチンと硬直する。 その横を足早に通ってイルカが玄関の扉を開けると 声の主――ナルトとカカシが並んで立っていた。 「ナルト!・・・・カカシ先生も!」 「へへっ!飯食わしてくれってばよイルカ先生ー!」 「と・突然すみません・・・・」 少し焦ったようなカカシの様子に気付かずナルトが部屋の奥に目をやると そっとこちらを伺うようにして顔見知りの少女が立っていた。 「あれ?お前ってばヒナタ!」 「ナ…ナルト君・・・・!」 「なんでヒナタがイルカ先生ンちにいるんだってばよ?」 「あ・あの・・・・その・・・・」 「ハハ、一緒に料理の勉強をしてたんだよ。・・・・丁度良かった、ナルト。 ヒナタの作った夕飯食ってくか?」 「ヤッリー!食う食う!食うってばよ!」 嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねた後、ナルトはサンダルを脱ぎ捨てて 中に上り込んでいった。 それを目で追っていたイルカの視線が前方に戻った途端、 その先にいたカカシはビクリと体を強張らせた。 「・・・・・今日は来ないで下さいって言いましたよね?」 「は・はい・・・・言われマシタ」 カカシとイルカは一部に公然でお付き合いをしている。 交際を始めてからカカシは毎日イルカの家に入り浸っていたが、 しかしヒナタに料理を教える時に家にいられたら困ると この日だけは来ないよう約束させられていたのだ。 「ナルトまで連れ出して・・・・どうせ偶然を装ってナルトと会って 『イルカ先生のところで飯でも食わせてもらうか』なーんて言ったんでしょう」 「うっ・・・・!!!」 「まぁアナタは随分前からいらっしゃったようですが・・・・?」 「えっ?!」 「・・・・・・・覗いてたでしょう?」 キッと睨みながら「誤魔化そうとしても無駄ですよ」とイルカが低い声を出す。 怒ってますオーラを纏うイルカにカカシは慌てて口を開いた。 「いや、だってね!一人でいたら悪いことばっかり考えちゃって。 もしかしたらヒナタちゃんに料理を教えるって言うのはただの口実で 他の男を家にあげてるのかもしれないとか男じゃなくて女かもしれないとか イルカ先生に限ってそんなことはないだろうけどでももしかしたらという 可能性もなきにしもあらずだしオレはほんとう心配で心配で心配で すこ〜し様子を伺ってみたらイルカ先生とヒナタちゃんはすごく仲良さそうだし イルカ先生蕩けそうなほど優しい顔するしこれはもしかしたら 過ちがあるかもしれないって思ったらどうしていいか分からなくてでも 怒られるのは嫌だからどうにか我慢してコッソリと見守ってですネ・・・・ ・・・・あ、イルカ先生のことはもちろん信じてますけどね!」 えっへん。 「・・・・って、全然信じてないじゃないですか!!」 「あた!」 胸を張るな!とカカシの頭に拳骨をお見舞いする。 「先生達な〜にやってんだってばよ!遅いぞー!」 「ああナルト、すぐに行くから居間に戻ってろ」 「イルカ先生〜・・・謝りますからまずは家の中に入りましょうよ」 「アナタがいうなー!」 「イ…イルカ先生・・・・お料理が・・・・・」 「・・・・・・・・・あ」 ナルトに言われても、もちろんカカシに言われても怒りを持続させていた イルカであったが、控えめに発せられたヒナタの声が耳に届くと スッと怒りを静めた。 「そうだったな、すまんヒナタ。折角作ったのに冷めちまうな」 「そーだってばよ!早く食おうぜ!へへ、うまそーな匂い!」 ナルトのセリフにぽんっとヒナタが赤くなる。 匂いだけとはいえ料理を褒められて嬉しいのだろう。 その素直さがどうにも愛らしくてイルカはクスリと笑みを零す。 そんな恋人の様子をバッチリ見ていたカカシはサッと顔を青ざめさせた。 「イ・イルカ先生・・・・!もしかしてヒ」 「バカなこと言ったらまたゲンコツですよ?」 もしかしてヒナタちゃんのこと好きなんじゃっ、と詰ろうとしたカカシは 慌てて口を噤んだ。 イルカは表情を崩さなかったが、目が笑っていなかったのだ。 「まったくアナタは・・・・・」 「・・・・・スミマセン」 あきれたような声色を聞いて、元々猫背で丸めている背を ますます丸めてカカシがしょんぼり項垂れる。 その背中をイルカはポンと片手で押した。 「さあアナタも早く上がってください」 「・・・・え?いいんですか?」 約束破ったのに。 「ナルトを連れてきてくれたから、許します」 「・・・・・・それもなんだか寂しいなぁ」 途端複雑そうな顔をした相手を見てクスクス喉を鳴らすイルカに 暫くカカシは頭を掻きながらバツが悪そうにしていたが、 イルカの笑顔と奥から漂ってくるいい匂いに まあいいか、と自分も顔を綻ばせた。 「あー!先生達やっと来たってばよ!早く飯食おう!飯!」 「ナルト、お前・・・・・」 まるで欠食児童のような勢いのナルトにイルカは思わず苦笑する。 真っ赤になったヒナタが部屋の隅で小さくなっているのに気付いて、 やはりもう一度苦笑した。 ・・・・・部屋に二人きりでさぞ緊張したことだろう。 「ヒナタ、ヒナタ。カカシ先生のことは知ってるな? ナルト達の班の上忍の先生だ。夕飯一緒にいいかな?」 「あ・・・・・」 傍に来たイルカに頭を撫でられてヒナタが赤い顔をあげる。 カカシもイルカに倣って、「ヒナタちゃん」と少女に呼びかけた。 「突然で申し訳ないけど、オレも夕飯およばれして良いかな?」 「あ、は…はい・・・・!」 「ありがとう」 ニッコリ笑いかけると、やはりおどおどとしていたがヒナタも微笑み返す。 人見知りは激しそうだが純朴なその笑顔にカカシは好感を覚えた。 仕度があるから、と言ってイルカとヒナタが台所に戻ると 居間に残されたカカシとナルトは大人しく食卓についた。 居間からでも台所に続く入り口から中の様子が伺える。 二人で鍋の中身を覗きながら何やら楽しそうに話し込んでいるその光景を見て ナルトが意外そうな声を出した。 「イルカ先生とヒナタがあんなに仲良かったなんて知らなかったってばよ」 「確かに仲良さそうだな・・・。なんというか、まるで仲の良い母娘・・・ ・・・いや、姑と嫁の方が近いかな?」 「へ?」 「お前とイルカ先生は師弟っていうより親子みたいなもんだろ?だからさ」 「親子・・・・・ヘヘ。でもさ!でもさ!しゅうとめって?」 「そんなことも知らないのか・・・・。姑っていうのは夫の母親のこと! 父親の方は舅って言うんだぞ」 「ふーん。それならイルカ先生はしゅーとじゃねえの?」 「バッカ!舅はオレだよ」 「ええー?!それじゃ先生達が夫婦ってことになるじゃん! それにカカシ先生がオレのとうちゃんってことになるってばよ!」 「・・・・なにか不服でもあんの?ていうか他に気付くところないわけ」 「は?」 ぎゅーっと眉を寄せたままナルトはグリッと首を傾げた。 イルカが姑であれば話の流れからしてもちろん夫はナルト、そして あの少女―ヒナタ―がその嫁とされているのだが・・・・・・・ その点にまったく気付いていないらしい。 いや気付いていても特に意識していないのか。 ・・・・・・・なんて鈍感。 「お前ってそんなところまであの人に似てるのな」 もう一人の、鈍感な、自分の愛しい人を思って カカシは思わずヒナタに同情した。 余談ではあるがヒナタの様子を少し目にしただけでカカシは 少女の想い人が誰であるかを正しく悟っていた。 「なんだよカカシ先生ー」 「・・・・あの、ナ…ナルト君」 「ん?」 カカシに向かって唇を尖らせていたナルトが名前を呼ばれて 台所の方を振り向くと、ヒナタがモジモジと顔を赤らめながら立っていた。 その手には木製のしゃもじ。 「・・・・ご飯、ご飯をよそうんだけど・・・・ ナルト君の分は どのぐらいがいいかな・・・?」 「へ?あ、オレはもち大盛りだってばよー!よろしく!」 「う、うん。分かった・・・・・」 元気な返事に少し微笑んで、ヒナタが炊飯ジャーの元へ戻っていく。 それと入れ替わりでヒョコッと居間を覗いたイルカは ・・・・・・仕方ない、と小さなため息をつきながら口元を綻ばせた。 カカシは今のやりとりが羨ましかったらしく ナルトの頭をグリグリと小突いていた。 「イデデデデ!なにすんだってばよ!」 「うるさーい。この、この」 その光景を見たイルカは笑みを含みそうになるのを懸命にこらえ わざと普通の声を装ってカカシの名を呼んだ。 「カカシせんせー」 「・・・・・え、ハイ?」 「アナタのご飯はどのぐらいよそいますか?」 「え?!・・・・あ、オ・オレも大盛りでお願いしまーす!」 「はーい、わかりました」 ナルトの頭に拳をめり込ませたまま驚きと嬉しさが滲んだ目を向けるカカシに イルカは笑みで応える。 そしてやはりヒナタと同じように台所の奥へと戻って行った。 甘やかすのはいけないが、微笑ましいやりとりに自分もあてられたらしい。 しゃもじを持ったヒナタとパチッと目が合って、 少女とイルカは何となく照れ臭そうに微笑みあった。 その頃居間の二人はというと 「なんかさ!なんかさ!こういうのって、不思議な感じだってばよ」 ナルトの食べる量などイルカは聞かなくても分かっているから ヒナタのように尋ねたりしない。 だからこそ、そこがナルトには新鮮だったようだ。 「フフ。夫婦のやり取りだな」 「そうなの?オレわからないってばよ」 「・・・・・でも悪くないだろ?」 「う・・・うん」 頷いて、ナルトが照れ臭そうに鼻を掻く。 カカシは先ほどまで拳をめり込ませていたその黄色い頭を 今度はワシワシと撫でてやった。 「幸せだな」 ナルトに言っているのか、それとも自分の気持ちなのか。 唯一晒されている右目を糸のように細め、言葉通り幸せそうなカカシが 台所の方を眺める。 それを見て、ナルトもつられるようにして同じ顔をした。 パタパタパタと台所のから聞こえてくる二つの足音を聞きながら カカシとナルトはどこかこそばゆい気持ちになるのだった。 |
『RAQUEURBASTER'z』の槿花さんが15万HIT記念に開催されたあやふや企画に乗じて、ずっと私の夢だった『ほのぼのイルヒナ』をリクエストしたのです。 |
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