溜息の多い日常・イビキ編


「おまえがカカシの・・・連れか?」
部下の一人が連れてきた、ちょっと薄らボンヤリとしている男に尋ねると、緊張しているのだろうビシリと擬音が付く様に直立不動になると、はいっと返事した。
「初めまして!カカシさんの、えと・・つ、ツレの、イルカと申しますっ」
宜しくお願いしますっと男は腰を90度にまげて頭を下げると、そのままの体勢で固まった。
微妙な空気が部屋に流れ、全員何かを恐れるように動かずに静まり返る。
暫らくすると男はそのままの体勢でこちらを伺うように顔を上げた。
「あの・・」
「・・何だ?」
「その、ツレって・・どういう意味なんですか?」
へらっと笑う男に、本当に大丈夫なんだろうかと俺は内心汗をかいた。



ここ最近大掛かりな任務が舞い込んでくるわけでもなく、怪我人で溢れているわけでもなく、不穏な空気が流れることなく、比較的に穏やかな日が続いている。
穏やかなはずなのだが、この忙しさは何なのだろう。
どうしても人が足らずに、とうとう俺に任務受付の仕事が舞い込んできた。
別に仕事に対して不満はない、どんな仕事であろうと必要ならばやるだけだ。
ただ暗部の、しかも拷問部隊に所属しているようなヤツが受付に座っていても良いのだろうかと不安を感じる。
現に、任務を無事に終わらせた奴等が帰ってきて受付に顔を覗かせると、俺の顔を見て皆一瞬ギョッとしている。
確かに、簡単なものでも難しいものでも関係なく、任務を終わらせて安堵しているところに、最後の最後でこんな強面もごつい顔に迎えられたら嫌な気分にもなるだろう。
忍びにそんなものを求めてどうすると思わなくもないが、もっと安心するような、穏やかな雰囲気を持っているような者に受付をさせた方が良いだろう。
少し前までは初老で男性のベテラン中忍が受付をやっていたのだが一身上の都合で引退し、その他にも年寄りが多かった事務方が相次いで引退したり、遠方へ異動になったりとバタバタしていて、手の空いた者が受付の席に座ることになったのだが、中々決まったなり手がつかない。
気の荒い者にも応対しなければならないので、単に優しくて穏やかなだけでは長続きしない。
受付の仕事を持ってきた里長である火影もほとほと困り果てているらしく、誰か良い人材がいないだろうかと相談されてしまった。
俺の部下は気の荒い連中しかいないからなぁと内心溜息を付きつつ、恐る恐る渡してくる報告書を、笑いかけると返って怖がられるので、顰め面のままで受け取り、内容を確認する。
日頃は騒がしい室内が、気付けば緊張に静まり返っている。
困ったもんだと溜息をつくと、他の受付や会計をしている者たちがビクリと体を強張らせて怯えている。
溜息がつけなくなった俺は、細く息を吐いて心底困り果てた。
本当に困った。
「あれ?」
静まり返った部屋に、とぼけた声が響く。
「めずらしい、イビキじゃん」
何やってんの?と背を丸めて声と同じくのんびりとした歩調で近付いてきたのは、はたけカカシだった。
「何もクソも、受付をしているだけだ」
「イビキが受付?似合わないねぇ」
あははと笑うカカシから報告書を受け取ると、中身に目を通しながらコリコリとコメカミをかいた。
「似合わないのは分かっている、他にやる者がいないだけだ、仕方がないだろう」
「ふーん、そんなに人手不足なの?」
「普通の任務に対する人材は十分足りている、足りないのは事務方向きの人材だ」
「へーえ、俺手伝おうか?」
「馬鹿なことを・・・寝言を抜かすな」
天下のエリート上忍が受付に座るという怖ろしい図を想像して重い溜息をつくと、報告書に済印を押し顔を上げた。
「もういいぞ、カカシ」
「・・うーん」
「何だ?」
机の前に立ったまま暫らくウンウン唸ったカカシは、腕を組んだまま顔を近づけた。
「あのさ、俺の連れ、紹介しようか」
「・・何だと?」
カカシの台詞に、俺は眉間に皺を寄せた。
カカシに連れ合いがいるなんて情報は聞いたことがない、初耳だ。
俺が驚いていることを気にすることなく、カカシは話を続けた。
「俺達が知らない遠い国の出で、忍じゃないんだけどね、人となりは俺が保障するよ」
「俺達が知らない遠い国の出だと? 何処かの間者という可能性はないのか?」
「あー、それはない、絶対ない、ありえない」
ヘラリと笑ったカカシは組んでいた腕を離すと、顔の前で手を横に振った。
「まあ忍じゃないヤツに受付させるのも何だしねぇ、ま!使うか使わないかはイビキに任せるよ」
そんな訳で、ものは試しで面接をすることになった。



俺が任務受付業務をするようになってから受付関係の仕事をやる人材が更に減り、受付所は今では俺と俺の部下達で固められて、まるで暗部の拷問尋問部隊が移動して来ているような有様だ。
報告を終わらせると皆さっさと帰ってしまうお陰で、日頃は任務帰りの連中で賑わっているはずの受付は、上司である俺が目を光らせているせいもあるのだろうか、部下達も無駄口を聞くことなく静まり返っている。
そこへ、部下の一人が男を連れてやってきた。
「隊長、はたけ上忍より紹介の者を連れて参りました」
カカシの連れは普通に女だと思っていた俺は、部下が連れて現れた見知らぬ男に思わず目を見張った。
物珍しそうに当たりを見渡していた男にカカシの連れかと尋ねると、男は慌てて頭を下げて自己紹介をした。
そのぼんやりというか鈍重そうな印象に、俺は頭を抱えた。
何が人となりは保障するだ。
確かに間者という可能性はありえないが、こんなヤツ使えるか。
既に諦めに達していたが、カカシが紹介した者だ。
「イルカと言ったな」
「はいっ」
型通りでも面接するかと溜息をつくと顔を上げた。

短い時間で相手の人柄を調べる簡単な方法は、怒らせることだ。
最初は第一印象のまま、そんなにぼんやりしていて大丈夫なのか云々と矢継ぎ早に尋ねたが、イルカはきょとんとしたまま意味が判っているのか分かっていないのか、はいと返事はするものの平常のまま。
自分を馬鹿にされても気にならないのかと、イルカの連れ合いだというカカシの事へと質問を変えた。
そういえばカカシのヤツも普段はぼんやりとしているなと思いつつ、こんなヤツを紹介しやがってと恨みもこめて、少しやけくそ気味にカカシを悪者にしたてていく。
俺の言葉を大人しく聞いていたイルカは、少し首を傾げて手を上げた。
「あのう」
まくし立てるようにカカシを悪く言っていた俺は、それを遮られてムッと眉間に皺を寄せた。
「お前は俺の質問に答えることは出来るが、俺に質問することは出来ない、それがルールだ」
別にそんなルールはないのだが大概の者はこの台詞で黙る。
しかし俺の言葉を無視してイルカは目を丸くした。
「何で俺・・じゃない、ワタシを怒らせようとしているんですか?」
更に何かを言い募ろうとした俺は、黙り込んだ。
見た目は愚鈍でも頭は悪くないらしい、そして思った以上に冷静で慎重だ。
「どうして分かった」
「はい?」
「俺がお前を怒らせようとしていたことをだ」
イルカは首を傾げたまま考え込むと、にこりと笑った。
「だって、イビキさんはカカシさんのこと大好きなんでしょう?」

瞬間部屋の空気が色々な意味で凍りついた。

イルカのその台詞の後は本当に大変だった。
部下達は耐え切れず失笑すると、背を向けて爆笑するのを堪えて体を震わせて悶絶するし。
カカシに俺がとても部下想いで優しいと聞いていたが本当に優しそうな人だなと思ったとか何とか、俺も部下と一緒に悶絶したくなるような今まで言われたこともない褒め言葉をイルカは語った。
「それで、イビキさんはカカシさんが大好きなのに、何で悪口言うのかなぁと考えたんです」
「大好きはもういい・・」
「え?でもイビキさんはカカシさんのこと大好きでしょう?」
カカシさんはイビキさんのこと好きって言ってましたよと止めを刺されて、俺は机につっぷした。

どうやらイルカにはどんな特殊能力かもって生まれた才能か、他人の感情や嘘を正確に見抜くことが出来、更に殺気立つ連中の気持ちを穏やかにすることが出来るらしい。
受付に居た俺の部下は、言い方に難があるが、面接の一件で全員イルカに落ちた。
そして負けを認めた俺は、特例でイルカを受付へ配属させた。
イルカには1から仕事を教えなければならないのだが、あの泣く子も黙る拷問尋問部隊の面々がにこにこ笑いながらHow to 受付業務を説明する様は、俺の目から見てもちょっと異常だった。



何時頃だかは忘れたが、気付いた時にはイルカは受付のムードメーカーとなり、俺や俺の部下が受付に座っていても緊張に静まり返ることもなくほのぼのとした雰囲気になり、逃げ帰る人もなくなり以前よりも多少賑わっているが、騒がしい部屋に戻った。

「よ!イビキ」
たまたまなのか狙ったのか、イルカが席を外している時にカカシが受付へ顔を出した。
「イルカなら今いないぞ」
「うん、イビキでも構わないし」
はいとカカシが報告書を差し出すので、俺は顰め面のままそれを受け取った。
こりこりと眉間を書きながら内容を確認していると、それを楽しそうに見下ろす視線を感じる。
「・・・何だ?」
顔を上げずに促すと、カカシは楽しそうに尋ねてきた。
「うん、あのさ・・・、イルカさん、どう?」
「ああ、助かっている」
「そう?」
「アレは見た目はともかく、有能な人材だ」
「見た目はともかくって、酷いなあ、可愛いじゃない」
確かにイルカに似合う表現だが、大の男に可愛いという形容詞はどうだろう。
胡乱気に見上げると、楽しそうに笑うカカシの右目が見えた。
どうも何かを思い出して笑っているようだ。
「何だ?」
「うん、あのさ・・・、イビキって俺のこと大好きなんだって?」
「・・っ、なっ」
誰にも聞こえないように小さく囁かれて、俺は言葉に詰まった。
そんな俺の態度に、カカシは顔をくしゃりと歪ませて受付のテーブルに突っ伏した。
肩を見事に震わせて、ぐふふと爆笑を抑えているのかくぐもった笑い声をもらすカカシに、俺はせいぜい不機嫌そうな顔を見せてやった。
「笑うな」
「ふふ、だって・・・うふうふふふ」
笑うカカシの頭を見下ろして、ふと気付く。
そういえばこいつはこんなに楽しそうに笑うヤツだったろうか。
イルカの癒しは効果覿面の様だ。
元暗部で鬼とも死神とも言われた男を落としたのだ、イルカにしてみれば俺達を落とすなんて赤子の手を捻るよりも容易かっただろう。
目の前で笑う男をうんざりと見つめて、早くイルカが帰って来ないかと溜息をついた。


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