溜息の多いカカシとイルカのイチャパラ・カカシ視点
それなりの任務に明け暮れる毎日、無事任務を終わらせて報告を済ませると控え室に向かう。
閑散とした部屋に丁度居たアスマの隣に座ろうとして、ふと以前にどっこいしょと掛け声を言い怒られたことを思い出し、自然と開いていた口を慎重に閉じて静かに座った。
アスマの突っ込みはなく、一応合格らしい。
いや、合格ってなによ、と心中で自らを突っ込み、何を話すでもなく二人黙り込むが、アスマがちっと舌打ちをして手に持っていた煙草をもみ消した。
「おい」
「んー?何」
「辛気臭ぇ」
「は?」
「溜息だよ」
苦虫を噛み潰したように顰め面をしたアスマは、カチカチッとライターに火をつけようとしたが火花が散るだけで適わず、ちっと再び舌打ちをすると、はーっと溜息をついた。
俺はそんなアスマを指差すと、その指を摘まれて向きを俺の方へと変えられた。
「俺?」
「そうだ、また自覚なしかよ」
勘弁してくれよとアスマに再び溜息をつかれて、俺は首を傾げた。
「溜息を一つ付くと、幸せが一つ逃げるんだと」
「そっかー、そりゃ困るなあ」
はあ、と息を吐き出して、あ、本当だと苦笑いした。
「・・ところでそれ誰に聞いたの?」
「うるせぇ」
腕を組んで顰め面のまま黙り込んだアスマの横で、俺はウンウン唸りながら両手で顔を擦り頭をかいた。
紅やアンコがここに居たら、幸せボケしているんじゃないの?と色々と質問を通り越した詰問を受けそうだ。
口を開くと自然と溜息をつきそうで、お互い黙り込んだまま居心悪げに時を過ごす。
任務中でもないのに辺り一帯に緊張感と薄っすらとだが殺気が漂い始め、前にもこんなこと有ったなあと頭の片隅で考えている中、控え室に居た他数名が次々と出て行き、最終的には俺とアスマだけになった。
そろそろスーパーが主婦の皆様で混雑し始める頃だ。
俺も夕飯の買い物しに行きたいなあと暢気なことを考えるが、それを言えばアスマが意味もなく怒り狂うだろうと想像して立ち去りたいのに動くことが出来ない俺は、じりじりと張り詰めた空気の中でお互いの出方を探り合う。
息さえも潜めて静まり返った空間をかき混ぜたのは、俺でもアスマでもなく、控え室の扉を開けたゲンマとライドウだった。
「あー、アスマさん、カカシさん、お疲れ様です」
「お疲れっすー」
はっと安堵の息を吐いた俺とアスマは、よぅだのおおだの適当な言葉を適当な表情で返した。
笑いながら目の前に座ったゲンマは、ふとと何かを思い出したのか手をポンと叩いた。
「あー、そうだ、カカシさん」
「んー?何」
「この間渡したアレ、次の番のヤツがまだかって言ってるんっすよ」
「アレ?」
俺が首を傾けると、ゲンマがぐっと顔を近づけると声を潜めた。
「ホラ、ビデオ」
「・・ああ」
あれ回覧物だったのかと少し拍子抜けしつつ、どこにやったかなあと首を傾げる。
「今度持ってくるよ」
「宜しくっす」
どっこいしょと立ち上がると、俺を蹴飛ばそうとしたアスマの足を避けて部屋を出た。
「手前まだ言っていやがんのかっ」
怒鳴るアスマに、アスマも未だに同じことを言われているんだろうなあと思った。
夕飯は何にしようかと今日のお買い得な野菜を探して悩む子連れの主婦の波をすり抜けて買い物を済ませた俺は、帰宅して楽な格好に着替えると手洗い、うがいの後にエプロンを装着する。
テレビをつけてニュースを聞き流しつつ米を磨いで炊飯器をセットし、鍋でお湯を沸かしつつ今日はしょうが焼きにしようと肉と野菜の下拵えをすると、先に味噌汁を作って小休憩する。
お茶を入れて椅子に座り、なんとなくテレビを眺めてはあと溜息を付く。
アスマに突っ込まれた溜息の理由なんて、一つしかない。
忍の里にあるまじき大きな足音を立てて歩き、たった今元気良く扉を開けて笑った、俺の連れ、その人だ。
「カカシさん!只今帰りましたっ」
「お帰り、イルカ」
頬を紅潮させて薄っすらと汗ばんだイルカは、走ったら転ぶと止めたので早足で急いで帰宅したのだろう、靴を脱ぎ捨てるとパタパタと俺の前に立った。
椅子に座ったままの俺をキラキラとした瞳で見下ろす様は、何かを期待している幼い子供にそっくりだ。
俺はあーだのうーだの無意味に呟くと、観念して立ち上がるとイルカを抱きしめて軽く額に口付けた。
ちゅっと音を立てて顔を離して見つめるとイルカがニカッと笑うので、俺も笑い返すしかない。
きっと傍から見たら情けない表情になっているだろう。
「手洗って、着替えてらっしゃい」
「はいっ」
イルカは身を翻すと肩に掛けていたバックを部屋に隅に置いて、洗面所へと向かった。
いってらっしゃいとお帰りなさいのチューを最初に強請ったのはイルカだ。
もちろん俺も嬉しいし楽しいので構わないのだが、今では少し後悔している。
イルカに聞こえないように、でもはぁ〜と大きな溜息を付いた。
妖精だか小人の国から戻ってきたイルカは、俺と同年代の、かなり体格の良い男に変身していた。
しかし態度や表情、しぐさ等は小人時代と変わらず、立派な成人男性のはずなのだが、俺の目には小人の時のイルカ同様に今のイルカも非常に可愛いものに映った。
そのためイルカが手を繋ぎたいだの、いってらっしゃいとお帰りなさいのチューをしたいだの、夜は一緒の布団で寝たいだの、一人前の野郎が願うには問題があるが、俺から見ると小人並の小動物に見えるイルカの願いを嬉々として叶えてやった。
そんなスキンシップ大好きのイルカのお陰で、一つの問題が浮上した。
ムラムラするのだ。
イルカが小人の時は、抱き合えなくてもこんな形の愛もあるんじゃなかろうかと思っていたのだが、今はキスが出来て抱きしめて触れ合える大人のイルカが目の前にいる。
相手は自分と同じ性を持っているのだが、イルカはイルカだ。
時折あんなことも、こんなことも、そんなこともしてみたい、イチャイチャしてみたいと妄想してしまうことがある。
でも無邪気なイルカの瞳に見つめられると、そんないかがわしいことを考えている自分が恥ずかしくなってしまう。
イルカが戻ってきて早々に、キャベツやレタスから生まれるとか、コウノトリが運んでくるとか言われたらどうしようと内心ドキドキしながら、どうすれば子供が出来るかと尋ねたことがある。
するとイルカは首を傾げて答えた。
「イチャイチャしていると出来るんですよ」
そのイチャイチャを具体的どうと尋ねたら、イチャイチャはイチャイチャですと返されて言葉に詰まった。
おしべとめしべの話と、生命の神秘と、ハウツー本と、どのレベルから教えれば良いんだろうと大真面目に頭を抱えた。
そんなことを連日考えられるのは、平和なのかもしれない。
食後に夕食を作ってくれたから皿洗いますと言うイルカに後片付けをお願いして、先に風呂に入った俺は湯船につかりながら、はあ〜と溜息をついた。
俺が風呂を出ると、交代でイルカが風呂に入る。
冷蔵庫からペットボトルを出して水を飲みながら、そういえばとゲンマに言われたことを思い出した。
イチャパラムービーのビデオはどこにやったかなとペットボトルを片手にテレビの周辺を漁ると、無造作に積んであった雑誌の間に挟まっているのを発見した。
小人のイルカと途中までは見たが、イチャパラシーンからラストまでは見ていない。
風呂の方を伺うと、フンフフーンとご機嫌で聞いた事もない謎の鼻歌が聞こえてくる。
よし、と俺はビデオテープをデッキに入れた。
イルカの風呂は長い、平気で1、2時間は入っているので、前回見てしまったところを飛ばせば、イルカが風呂から出てくる前までに見終わるだろう。
何だか奥さんに隠れてエロビデオ見ている旦那みたいだと内心ハラハラしながら、ビデオを適当に早送りして再生する。
ちょっとずれていてチマチマと早送りと巻き戻しをしながら、件のイチャパラシーンに出会う。
テレビの中の縺れ合う男女を見ながら、俺は体育座りをして何だかなあと溜息を付く。
「・・虚しい、いや疚しい?・・・悲しいでもないな・・」
「何がですか?」
独り言に返事を返されて、俺はビクッと体を跳ねさせた。
いつもは無駄に物音を立てているのに、どうして今に限って音も気配もないんだよ。
心臓をバクバク鳴らしながら顔を横に向けると、いつもは風呂に長く入っているはずのイルカが、濡れた髪を下ろし肩にタオルをひっかけた寝間着姿で不思議そうな顔をして俺を見下ろしていた。
俺があうあうと意味のない声を出すと、イルカは俺の横にやはり体育座りになり手を出した。
「お水下さい」
「・・・はい」
ペットボトルを渡すとイルカはグビグビと喉を鳴らして水を飲み、蓋を閉めると半分以上減ったボトルをチャプチャプと振りながら、平然とテレビ画面を見つめる。
どうしよう、もうビデオ止めようかなあと、俺は居た堪れない気持ちで一杯だ。
「カカシさん」
「はいっ」
イルカに呼ばれて、俺は体育座りから正座に変更して背筋を伸ばして横を向いた。
ああもう、前みたいに変なこと質問されたらどうしよう、それより軽蔑されたらどうしようと、頭の中はいっぱいいっぱいだ。
「俺達はいつイチャイチャするんですか?」
不思議そうに首を傾げるイルカの右手の人差し指は、あろう事か絡み合う男女を写すテレビ画面を示している。
俺は勢い良く立ち上がると、ビデオを止めてテレビと電気も消しすと、座ったままのイルカを抱き上げて大股でベッドへ向かった。
俺が余裕もなくイルカを押し倒すと、必死な俺とは対照的にイルカは口元をほころばせて笑った。
「ベッドに運ばれるのって楽しいですね」
くっそー、意味分かってんのか?この野郎、覚悟しろよ!!
俺が心の中で口汚く叫びながら笑うイルカの唇に口付けると、イルカは腕を伸ばして俺の頭を抱きしめてくれた。
そしてその夜、俺とイルカは初めて結ばれた。
アスマが居ないお陰で穏やかに過ごす事が出来た俺は、上忍控え室にやってきたゲンマに持っていた紙袋を渡した。
「ゲンマ、これありがとうね」
「あぁ、急かしたみたいですみませんっす」
「いやぁ、こっちこそ遅くなってごめんね」
頭を下げるゲンマに謝り返すと、袋の中を確かめたゲンマは不思議そうにこちらを見た。
「何か、カカシさん・・・めちゃくちゃ機嫌良くないっすか?」
「へ? え、そう?」
「ええ、むっちゃ笑顔っす」
無意識に笑っているらしい、やばいなぁと意味もなく顔を撫でる。
「何か良いことでもあったんすか?」
笑いながら尋ねてくるゲンマに、自慢したいような秘密にしておきたいような相反する気持ちがせめぎ合い、俯くと落ち着かない手を頭にやった。
「ま・・・、ね」
「何ですか、その良いことって」
「うーん」
「唸ってないで、教えて下さいよ」
ニヤニヤしながら顔を寄せてくるゲンマに、昨晩のことを思い出して赤くなる顔を誤魔化すように俯いたまま、視界に入る袋を示した。
「ま! それのお陰ってことで」
「これ? へ〜え、でどうでしたか」
「うん、もー最高だった」
そのイチャパラムービーのビデオは最後まで見られることなく、しかしそれのお陰で中身以上のイチャパラを味わせてもらい、ゲンマへ返却された。
それから幾日か経った夜。
風呂上り、熱くて寝間着の下だけはいた俺は、濡れた頭をタオルで拭いながら部屋に戻った。
俺より先に風呂に入ったイルカはきちんと寝間着の上下を身につけてベッドに腰掛けて、何故か自分のお腹を両手で撫でていた。
「何やってるの?イルカ」
何かのマッサージか、体操か、それともお腹の調子でも悪いんだろうか。
俺が目を点にしていると、イルカはこちらを見上げて笑った。
「カーチャンがこうするんだって教えてくれたんです」
「は?」
「出来たかなあ、赤ちゃん」
「・・・」
この間のアレで、イルカのお腹に新しい命が宿ったとでも言いたいのだろうか。
俺は無言のまま電気とテレビを消すと、イルカの隣に腰掛けて、イルカの手を止めた。
「カカシさん?」
不思議そうに俺を見上げるイルカに口付け、そのまま押し倒す。
イルカの髪を撫でつけ、頬や耳たぶに指を滑らせながら、俺は確信した。
おしべとめしべの話からだな。
真実を知ってイルカがどんな態度を取るのか、ちょっとだけ怖いと思った。
2006.08.09初出
2009.04.26訂正
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