カッブラーメン王子 帰還


「もうカカシさんなんて知りません!」
「ああ、知らなくて結構ですよ」
「・・っ、カカシさんの馬鹿っ」
売り言葉に買い言葉。
イルカはそう叫ぶなり、着の身着のままでサンダルを突っ掛けて部屋から飛び出して行った。

イルカと喧嘩をした。
理由なんて大したものでもない、たしかチャーハンと筍ご飯は混ぜご飯と一緒なのかとか、キャベツの千切りはソースをかけるかマヨネーズをかけるか云々と下らない事だ。
本当なら俺が折れれば済むことなのだが、親しくなればなるほど自分の我が強くなるのが分かる。
甘えだよな。
沸騰していた頭が落ち着いてくると、ふーと溜息を付いて頭をかいた。
「あー、探しに行かないとなぁ」
イルカと同じく、俺も着の身着のままでサンダルを履いて外に出た。



小人の姿でイルカが俺の目の前に現れてから、もう1年になる。
最初はカップラーメンの精なんてふざけた存在だと思っていたが、成り行きで一緒に暮らす内にほだされたというか、こっちの方がのめりこむ始末だった。
その証拠に、何の前触れもなくイルカが居なくなった時は、胸にぽっかりと穴が空いたような寂しさに襲われた。
俺の願いというよりもイルカの願いであろう「イチャイチャラブラブ生活」を送るためにイルカが大人の姿となり戻ってきた時は、考えるより体が動いて、気付けば抱きしめて口付けていた始末だ。
それから多少の紆余曲折はあったものの、今に至るまでイチャラブ生活を送っているのだが、仲が良くなると当然なのか喧嘩をするようになった。
傍からみたら内容は下らないし、ただの痴話喧嘩かもしれないが、俺もイルカも真剣だ。

忍ではないイルカは気配を断つ等の技術はない。
部屋から匂いと気配を追って歩いていると、然程離れていない公園のベンチに一人ぽつんと座るイルカを見つけた。
肩を落として項垂れているイルカを見て、俺はなんともやるせない気持ちになった。
わざと足音を立ててイルカの目の前に立つと、眉間に皺を寄せて見上げてくるイルカに手を差し出した。
「ごめん」
「・・・」
黙ったままだが手を握り返してくれたイルカの手を引くと、繋いだ手はそのままに一緒に並んで歩き出した。
イルカは俺を幸せにするために帰ってきたという。
俺だってそうだ、俺のために帰ってきてくれたイルカを幸せにしたい。
こんな風に喧嘩をして、イルカに辛くて悲しい気持ちにさせたいわけじゃないのに、何で上手くいかないんだろう。
アカデミーで働くようになってイルカには友達と言える人が確かに増えたが、こうやって俺と喧嘩して突然迎え入れてくれる者が、イビキやイビキの部下達なんかは喜んで迎えてくれそうだが、この里にはいない。
イルカの内情、カップラーメンの精というか妖精世界のことを知っていて、俺とイルカが喧嘩をした時に、どちらが良い悪いに関わらず無条件でイルカの味方をしてくれる者がココに居ればいいのにと思う。
今のところその条件に見合った者は、俺しか居ない。
俺と喧嘩をして俺が味方するというのも変だしなあ。
はぁ、と溜息をついて、ああ幸せが一つ逃げたなぁと夜空を見上げた。
そういえば、喧嘩をしてしまったせいでご飯を炊いていない。
通りがかったスーパーの前で、一歩後ろを歩いていたイルカを振り返った。
「今日何食べたい?」
尋ねると、口をヘの字にしていたイルカは小さく「ラーメン」と呟いた。

カップラーメンを買うと千切りにしたキャベツがもったいないことになってしまうので、インスタントラーメンにモヤシ、メンマ、ナルトをカゴに入れ、食後のデザート代わりに桜餅も買った。
会計をすると、オマケというかチラシ代わりに丸い厚紙に小さな穴が空いた団扇を二つ袋に入れられ、団扇を貰う季節になったんだなあと思いつつ捨てるのもなんだしとそのまま持って帰った。
鍵は開けっ放し、電気も付けっぱなしで出ていたので、扉を開くと屈んで靴を脱いでどっこいしょと部屋に上がる。
俺もイルカも無言なので、なんとも居心地悪い空気だ。
ぽいっと放り投げるように袋をテーブルに置くと、ガサリと音が妙に大きく聞こえた。

「こらーっっっっっ!!!!!!」

そして突然、俺でもイルカでもなく、聞いたことのない大音量の叫び声が鳴り響いた。
「お前イルカ先生を泣かせたろう!!!!!」
「ひっどーい!!! なんてことすんのよ!!!!!」
「ふん! 最低だな!!!」
ガサガサゴソゴソモゾモゾ。
テーブルの上の袋が暴れると、中からハムスターサイズの生き物が3つ姿を現した。
金髪青目の勝気そうな小人と、桜色の髪に緑目の無邪気そうな小人と、黒髪黒目の生意気そうな小人。
「・・・」
俺が何か言う前に、その生き物はノミのようにイルカに飛び掛った。
「「「イルカせんせーっっっっ!!!!!!」」」
胸元にしがみ付く小人達を、イルカは目を見開いて見つめた。
「ナルトにサクラにサスケまで! お前らどうしたんだ!?」
「俺達イルカ先生に会いに来たんだってばよっ」
「きゃーっ!お久しぶりです〜」
「ふっ、俺はお目付け役だ」
キャアキャアと大騒ぎしている元小人1人と小人3人を、俺はなんとも言えない気持ちで見つめた。



感動の再会後、小人達は自己紹介してくれた。
「ナルトだってばよ!」
「サクラです」
「・・サスケだ」
「はあ・・・さいですか」
イルカみたいに、名前の前になんたらかんたらの精とか前置きがないなあと思っていると、イルカがニコニコしながら小人達に俺の紹介をした。
「この人は、俺のツレのはたけカカシさんだ」
ナルトとサスケが「ツレ?」と首を傾げると、サクラ一人だけが「きゃーっ!連れだなんてーっっ」と大騒ぎした。
何処の世界も女の子という存在は耳年増で姦しい。
「えっと、それで・・」
イルカが何か言おうとしたら、グ〜キュルルと腹が可愛い音が鳴った。
顔を赤くしてお腹を押さえたイルカがエヘと笑うと、子供達のお腹もつられた様にキュ〜クルクルクルと鳴った。
「・・・取り合えず、何か食べてからにしようか」
カカシは苦笑いすると、机の上に置いてあった袋を手に取った。

2人分しか麺がなかったので、野菜を多めに、ナルトも沢山サービスして5等分した。
どんぶりが足りなくて、ありあわせの皿にラーメンを盛りながら、ふと子供達はどうやって食べるのだろうと思う。
小人のイルカの時の様に爪楊枝で箸を準備しないとダメだろうか、もっと浅い皿にした方が良いだろうか。
テーブルの端で手持ちぶたさに座って待っている子供達と、椅子に座っているイルカを振り返ると、皆ぱっと顔を輝かせた。
「出来たのか!?」
一番元気なナルトがピョンとテーブルから飛び降りると、ぽふんと煙と共に10歳位の人の子供くらいの大きさになった。
続いてサクラもサスケもテーブルから飛び降りると同時にナルトと同じ年格好の人の子供の大きさに代わり、俺は目を丸くすると呟いた。
「大きさ・・・自由に変えられるんだ」
次いでイルカを見ると、パチリと瞬いたイルカは顔を赤くして唇を尖らせるとフイと横を向いてしまったので、体の大きさを自由に変えられない方が珍しいのかもしれないと思ったが、口には出さなかった。
食事中は一生懸命だが脈絡もなく飛ぶナルトの話にサスケが厳しく突っ込みを入れ、サクラがフォローの説明をしつつイルカは嬉しそうに頷いてた。
話に耳を傾けると、まるで妖精界とは程遠いそこいらにありふれた内容であったが、やはり同じ世界に生きてきたのだろう、こちらにはまるで分からない名前や地名を子供達が話題に上げる。
色々な人の近況を聞くイルカは、とても楽しそうだった。

食後の片付けを終えお茶を出すと、木の葉の里に来るまでに疲れたのか単純に夜が更けたからなのか、加えてお腹が満足したのだろう、ウツラウツラ舟を漕ぎ出した子供達に尋ねた。
「ところでお前達は今日はここに泊まるの?」
「ここってー・・イルカ先生と一緒に寝るってばよぅ」
「そう、泊まるのね」
予備の布団あったっけなぁと唸りつつ、もう一つの疑問を尋ねた。
「ところでお前達はここに何をしに来たの?」
すると子供達は暫く沈黙するとあっと叫んだ。
「そうだってばよ」
「・・・翁が・・」
「た、大変なのぅ」
「・・・・、え、ええ!? お、翁が?大変って」
今まで忘れていた大変な事とは何だろうなあと内心突っ込みをいれつつ、慌てるイルカに子供がした説明によると、イルカが今まで大変世話になった妖精の長老である翁が、最近になり体調を崩したとのことだ。
「翁がイルカ先生に会いたいって言うから」
「私達、知らせにきたの」
「えっ、ど・・どうしよう」
無駄に両手を動かして慌てるイルカが立ち上がろうとするところを、まあまあと宥めて落ち着かせた。
「今すぐにどうこうなっちゃうって重病じゃないんでしょ?」
「う、うん」
「で、でででもっ」
「そんな危篤状態だったら、ココに来た時すぐにこいつらが騒ぐでしょ。
 もう遅い時間だし、子供達もここに来るまでに疲れたでしょ。明日出発しなさい」
ウンウンと頷く子供達に安心したのか、イルカは小さく頷いた。

明日の朝ご飯の分の食料がないと俺と何故かサクラが付き合いもう一度買い出しに出かけている間に、イルカ達はベッドから布団を下ろし、予備の布団を狭い部屋に敷き雑魚寝になった。
小人になれば広々と寝れるのに、子供達は皆イルカと一緒に寝たいと大きなサイズのままだった。
イルカと子供達が寝苦しくないようにと俺は布団から降りて床に横になり、自分の腕を枕にしてウツラウツラしていると、ドスンと胸元にイルカが飛び込んで来た。
いつも騒がしいイルカなのだが、時折足音や気配がないのが不思議だ。
「イルカ・・?」
「カカシさん、寒くないですか?」
スヤスヤと寝息をたてる子供達に気を使ってか、会話のやりとりはひっそりとしている。
一緒の毛布に包まるとイルカがぎゅうとくっついてきた。
「俺は寒くないよ、任務だと地べたで寝る事もあるしね・・イルカは大丈夫?」
「カカシさんと一緒なら平気です」
「そう・・・、今日はごめんね」
「俺も、すみませんでした」
「うん」
「行ってきますね」
「うん、気をつけて行っておいで」
「はい」
にこりと笑ったイルカの頬を撫でると、その暖かい温もりを抱え込んで瞼を閉じた。



翌朝目を覚ますと、部屋には俺一人、他にはもう誰も居なかった。

前と同じ、気配を残さない消え方だなあと、俺はぼんやりと部屋を見回した。



静まり返った一室で椅子に座り頬杖をついてぼんやりとしていると、見慣れた大柄な男が目の前にやってきた。
「カカシ、お前何をしている」
いつもの厳めしい顔で重々しく尋ねてくるイビキに、俺はつまらなそうに答えた。
「何って、受付」
どうせ俺宛の任務なんてそう多くない。
上忍控え室でぼんやり待機していてもつまらないので、最近は午前中から受付の席につくようになったイルカの代わりに、俺は朝から受付席に居座った。
眉間の皺を深くしたイビキはぐるりと部屋を見渡すと、再び俺を見下ろして腕を組んだ。
「イルカはどうした?」
「・・郷に帰った」
「なんだと?」
「昨日急な知らせが届いて、爺さんの具合が良くないっていうから、見舞いに帰ったの」
「・・・それでお前は何をしている」
「イルカが急に休みになったから、代わりに受付してるの」
イルカは仕事が忙しくて大変だって言っていたけど、こんなに閑散としていて暇だとは思わなかった。
それとも今日がたまたま暇な日なのかなぁと独り言みたいに小さく呟くと、はあぁと大きな溜息をついたイビキは俺を追い出しにかかった。
「カカシ、そこをどけ」
「何でよ、いいよ、今日は俺が受付するから」
「いいから、どけ! お前がそこに居るだけで皆萎縮しているだろうがっ、仕事にならん!」
「そんなことないでしょ、ねぇ?」
「里で一、二を争うエリート上忍様が事務方なんぞしてたら、怖くて誰も寄り付かんだろう」
ぶーぶー文句を垂れたが、結局折れてイビキに席を譲った。
肩を落として部屋から出て行こうとしたら、机の上を整理し始めたイビキに呼び止められた。
「カカシ! イルカはいつ帰って来るんだ?」
「・・・さあ」
「分からないのか?」
「イルカの郷は遠いから・・、前は1月かかったけど」
もう帰ってこないかもしれない。
誰にも聞こえないくらい口の中で小さく呟いてから、扉を潜って部屋を出ると昨晩のことを思い返す。

昨晩、急に人数が増えたせいで朝ご飯の材料が足りないと、夕食後追加の買い物に行く事にした。
一緒に行くというイルカには、子供達が眠そうだから一緒に留守番してて、出来れば布団を敷いて寝かしておいてくれなどともっともらしい理由を述べると、一人外に出てハアとため息をつく。
「何ため息ついてるの?」
耳元で可愛いらしい声に尋ねられ、びっくりして首を巡らすと肩に妖精のイルカよりも小振りなピンクの髪色の子が肩にチョコンと腰をかけていた。
気配がただもれのイルカと違う様に、これが本来の妖精なんだろうなと苦笑いすると、歩き出した。
「サクラだよね、いいの?イルカと一緒に居なくて、眠くないの?」
質問には返答せず逆に質問し返すと、キョトンと目を丸くしたサクラは首を傾げた。
「平気よ、ナルトみたいにはしゃぎすぎてないからそんなに眠くないし。
 それにイルカ先生に一番懐いてたのはナルトだし、サスケ君も私がいたら遠慮しちゃうかもしれないし」
「そう」
「それに、カカシ先生・・でいいのよね?」
「うん」
「カカシ先生が一人で買い物なんて可哀相だもの、付き合うわ」
にこりと笑うサクラに、自然と笑みがこぼれる。
「ありがとう、優しいね、サクラは。 じゃあ皆には内緒で好きなもの一つ買ってあげるよ」
「本当に?」
わーいと喜ぶ姿は小人のイルカと変わらない、足をぱたつかせて笑うサクラにさりげない口調を心掛けて聞いた。
「それで・・サクラ達はイルカを連れ戻しに来たの?」
ピタリと動きを止めて真顔でこちらを見るサクラに、やっぱりねともう何度目か分からないため息をついた。
小人改め妖精とやらが一体どういう生態なのかはどんなに調べても全く解らず、想像の域を越えない。
イルカとの短くも長い同居生活を得て判明したことといえば、言葉は通じるし意思の疎通も出来る、感情も似たようなものだし衣食住も余り変わらない、イチャイチャするのが好きなので性生活も一緒だろう。
ただ手や口で隅々まで触れたイルカの身体はまごうことなく雄で、でも万が一、もしかしたら両性あるいは性別の変更が可能なのか等と思っていたが、このサクラという名の妖精が現れて妖精にも雌雄があるのだと分かり、前に両親が居る云々とイルカが言ってたのは本当なんだなあと思い、少しがっかりした。
そんな生態はともかく、妖精という生き物がいつまでも人間の側に居るなんて考えられない。
願いを叶えたら去ってしまうのが普通だろう。
俺の願いを叶えて一度消えたイルカは人と同じサイズの体になって帰って来てくれたが、イルカと一緒に暮らしながらずっと思っていた。
いつかイルカは手の届かない、何処かに帰るだろうと。
まさかこんな可愛い小人達が迎えに来るとは思わなかったが。

遅くまでやっている少し遠いスーパーに来ると、米やら野菜やらをカゴに入れ、サクラは女の子らしく甘いものを、しかし白玉あんみつと渋いラインナップを希望し、精算を済ませると、共通の話題であるイルカのことを話しながらのんびりと歩いた。
もうすぐ家に着く辺りで、サクラが尋ねてきた。
「カカシ先生はイルカ先生がいなくなったら、寂しい?」
「うん?」
サクラを見ると小人というか子供なりに真剣な顔をしていた。
そうだねと頷いてしまうのは簡単だけど、1番大切なことを伝えることにした。
「俺はね、イルカに幸せにしてもらったから、イルカにも幸せになってもらいたいの。
 イルカがこれからずーっと幸せになれるなら、故郷に帰ってもう会えなくなってもね、構わないんだよ」
そう言って笑うと、サクラは笑おうと努力したのだろうけど、酷く困った顔をしていた。

任務受付所を出た足で上忍控え室に向かい待機していたが、特に任務が申し送られることもなく帰宅した。
扉を開けると暗く静まり返り、締め切っていたせいか酷く篭っていて、窓を開け放つと電気を付けた。
部屋の中は今朝方のまま、布団が2枚床に歪んで並べられていた。
イルカと共に生活するために買い揃えられた数々の小物がそのまま部屋のあちこちに残されているが、朝ご飯として食べようと買ってきた食材と、サクラのために買った白玉あんみつは買い物をしなかったみたいに全部消えていた。
一人で食事をする気が起こらず、布団をはがされたベッドに腰掛けると、ハアと溜息をついて両手で顔を覆った。

馬鹿みたいに目が滲む。

最後に見たイルカの顔が笑顔だったことだけが救いだった。



それから、徐々にイルカが居なかった頃と同じ元の生活へと戻っていった。
小人だったイルカが居なくなった後と違うことは、大人のイルカを知っている人が周りに大勢居て、時折イルカは何時帰ってくるのか等と尋ねられる事だ。
イルカの郷は遠いからと代わり映えのない返事をすると、手紙は来ないのかと聞かれて言葉に詰まる。
「手紙かぁ・・・」
帰宅後、電気をつけることをせず暗いままの部屋でチャクラを練って折りたたんだ紙を小鳥の姿に変えると、手のひらの中に大人しく留まる小鳥の背を撫でた。
手紙の送り方くらい聞いておけば良かった。
ふぅと溜息をつくと、雲ひとつない夜空に浮かぶ丸くて明るい月を見上げた。

いつものように上忍控え室で本を開いて待機していると、厳めしい顔のイビキが書類を抱えて顔を出した。
「カカシ、任務だ」
そう言いながら依頼書を差し出すイビキの顔は、どことなく困惑しているように見える。
内心首を傾げて紙に目を通し、イビキの困惑顔の意味が判った。
俯き加減に黙って紙を見つめていると、頼みもしないのにイビキが説明してくれた。
「・・一応お前指名の依頼なんだ、火影様も機嫌良く認められてな」
「なるほど」
依頼者は里の商店主で内容は商店街に飾る七夕祭用の竹刈り、任務希望者を前回と同じ人と指名をしていた。
昨年と同じように竹林のある里山に行き印のついている竹を切って大量の竹を縛り肩に担ぐと、どこからともなく集まってきた子供達をワラワラと引き連れて商店街へ向かった。
「いやあ、今年も悪いねぇ、ありがとさんよ!」
商店街の入り口で待っていた商店主の親父は、歩くのに難儀するくらいに集まった子供達に短冊を配り散らすと、竹を担いでいない方の肩をバンバンと叩いた。
「アンタ偉い上忍さんなんだってなぁ、知らなくってよ、こんなことさせてすまないね」
「いえ、まぁこれも仕事ですし」
「そう言ってくれると助かるよ、アンタの前に竹刈りしてくれてたのが小さい子供達ばっかでさ、えっらい下手くそな切り方で、持ち運び方もなってなくてよ」
「はぁ、なるほど」
下忍になりたての子供達に振り分けられるような任務だ、確かに彼等なら色々とヘマをしでかしてくれる可能性もある。
だからと言って中忍や上忍のやるような仕事ではないが、たまにはこんな平和な任務をやっても構わないだろうと竹を置くと、余っていたのか商店主が短冊を差し出した。
「はいよ」
「・・えーと」
「アンタの分だよ、書いたら持ってきな」
にこりと笑う親父に、苦笑いを浮かべるとありがたく短冊を受け取った。

報告書を出しに行くと、受付に座っていたイビキが目を丸くした。
「随分と早いな」
「あれくらいのコトに、そんな時間かけてどうするの」
「下忍だけにやらせると、それなりのかかると思うがな」
「まあねぇ、ま!時間があったら今度も俺にこの任務回してくれても構わないよ」
「随分と気に入ったようだな」
「俺がああいう任務を出来るってことは、それだけ里が平和ってことじゃない」
「・・・そうだな」
報告書に目を通しながら俯き加減に口許を緩めるイビキを見て、俺も笑った。

夕方になると真っ直ぐに帰宅せず、短冊片手に里の中をブラブラと歩いた。
運んだ竹はあれから直ぐに飾られたのだろう、商店街の通りは竹が店先に並び、子供達が作ったのだろう紙の飾りが沢山ついていた。
竹の葉の先には気の早い者が早々に持ってきたのだろう、願いの書かれた短冊も付いていた。
両思いになりたい等の恋の願いや、アカデミーに無事に入学したいだの卒業したいだのといった願い、小遣いアップといった小さいことから世界平和や世界征服という壮大なことまで様々な願いが短冊に書かれていた。
「おお、上忍の兄さん! 書いてきたかい」
一つだけ横たえたままの竹の側に立っていた商店主の親父が、こちらに気付くとニカリと笑った。
手を差し出されて、まだ何も書いていない短冊に視線を落とすと、懐からペンを取り出してサラサラと書き込むと親父に短冊を渡した。
「ふうん、こりゃまた随分と情熱的だね」
良い人でもいるのかい、この色男!と言われながら背中をバンバン叩かれが、はあ、まあだのと曖昧に返事をするしかなかった。
七夕祭をいつ頃からするようになったのか等としばらく商店主と雑談をしながら沢山の短冊を取り付けられた竹の飾り付けを見届けると、商店街で簡単に買い物を済ませて自宅に帰った。

久しぶりに料理をして夕食をすませると、ベッドに腰掛けてぼんやりと窓の外を見る。
最近夜になるとやることがなくて暇を持て余して困っている。
テレビを見たり本を読む気にならず、顔を合わせると対決しろと言うどこかの暑苦しい男みたいにマイルールで修行をする気も起こらない。
眠ってしまえればいいのだが眠気がやってくるわけもなく、ふぅと溜息をつくと意味もなく手を開いたり閉じたりする。
短冊には去年と同じ願い事を書いた。

ずっと一緒にいられますように。

今まで必死に願った事は沢山あるけれど、叶えられた願いなんて一つもなかった。



どれだけぼんやりしていただろう、コツコツと扉を叩く音が聞こえた。
アスマ達上忍仲間ならそんな上品なことなどしないで遠慮なく部屋に上がりこんでくる。
誰だろうと立ち上がると、はいはいと返事をして扉を開けると、そこにイルカが立っていた。
「カカシさん、ただいま帰りました!」
にこりと笑うイルカを見て頭の中が真っ白になったが、震える手を伸ばすとその体を抱きこんだ。
「わっ、カカシさん?」
「イルカ、イルカ・・・、おかえり」
そのぬくもりも匂いも声も、全て記憶のままのイルカだった。
首筋に唇を押し付けて噛み付くように口付けると、耳元や顎、頬にも口付ける。
頬を撫でながら間近で顔を見つめると吃驚しているのか目を丸く見開いていて、それがイルカらしくて笑うと、少し開いている唇に口付けた。
たっぷりと堪能してから唇を離すと、顔を真っ赤にさせて目を潤ませたイルカがほぅと溜息をついて腰が抜けたみたいにくたりと寄り掛かってきたので、その体をしっかりと支えて頬擦りしながらおかえりともう一度言うと、今まで夢中になっていて気付かなかった視線を感じて下を向く。
そこには、何も分かっていないのかポカンとしているナルトと、少しは分かっているのだろう頬を染めて驚いた顔をしているサスケと、顔を真っ赤にして両手で口を押さえ興奮しているサクラが、大荷物を抱えて突っ立っていた。
「・・・おや、みんなも、おかえり」
笑いかけると、子供達が一斉に飛び掛ってきた。
「ただいま! カカシ先生!!」



この日、一気に家族が増えた。



2009.05.03初出
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