慌ただしく駆けてくる足音を聞きながら、そんなに急がなくても逃げないのに、と思う。
「カカシ先生、すみませんっ。遅くなってしまって」
「いいんですよ。お疲れさま、イルカ先生」
遅くなってしまった訳はわかっている。
クリスマスだからどうしても早く帰りたい、という同僚のために雑務をこなしていたためだ。
お人好しのイルカ先生。
以前の俺なら馬鹿げていると思っただろう。人のためにそんなことをしても何の得にもならない、と。
そうではないことを今は知っている。
この人は頼んだ人の喜ぶ顔を見るだけで満足なのだ。
そう悟ってからはあまり腹も立たなくなった。
自分もこの人の喜ぶ顔を見て幸せな気分になれるから。
クリスマスイヴの夜ということで、普段はもう静かになる時刻にも人が多い。
隙間を縫うようにして人混みを躱していくのは、忍者であれば容易い。
だが、なんとなくこの雰囲気を味わうために、のらりくらりとそぞろ歩きを楽しむ。
くん。
と鼻を鳴らすイルカ先生。
「きっと今夜は雪になりますよ」
「天気予報ですか?」
「ええ。俺のは昔からよくあたるって評判で。匂いでわかるんです」
「匂いが?」
「もうすぐ雪になる匂いがします」
そう言って微笑む愛しい人。
ただ側にいるだけで心がホカホカしてきて寒さを感じなくなるんだ。
「あ。雪」
差し出したイルカ先生のてのひらに、まるで自ら望んだかのように白い結晶が吸い込まれるように舞い降りた。
「ほんとだ。予報あたりましたね」
ふと気づく。
「もしかしてソレ、最初のひとひらですか?」
「ああ。そうかもしれません」
その冬、初めて降ってくる一番最初の雪をつかめば願いごとが叶うという。
そんな他愛もない言い伝え。
「イルカ先生の願いごとは何ですか?」
「俺の願いごと……ナルトが火影になれますように……かな」
「自分のじゃないんですか」
自分でもにじみ出る不満げな声を隠すことができない。
イルカ先生の願いごとが聞きたいのに。
しかもナルトのことだなんてあんまりだと思う。
そうやって人の幸せを願う心の優しいところも好きだけど、自分のことも考えて欲しい。
「じゃあ、ナルトの願いごとは雪にまかせるのにして、イルカ先生の願いごとは俺が叶えてあげます!雪なんかよりも写輪眼のほうが叶う確率高いですよ〜」
「どんな願いごとでも叶うんですか?」
「もちろんです。まかせてください!なんたってクリスマスプレゼントですから」
「それじゃあ、俺の願いごとは『早く帰ってカカシ先生と一緒にケーキを食べたい』です」
「え?それだけですか」
「ええ。それだけで充分です」
きっとそれだけで幸せ。
それは音にはならなかったけど、そう聞こえた。
どうしてこの人は俺を幸せにする方法をこんなにも知っているのだろう、と不思議に思う。
少し泣きたくなるくらいの幸せ。
「カカシ先生の願いごとは何ですか?」
「ありません」
願いごとはもうないんだ。
だって俺の欲しかったものはもう手に入ったから。願いごとは叶ったから。
「積もりそうですね」
「ええ」
「さ、早く帰りましょう。願いごと、叶えてくれるんでしょう?」
「はい!」
聖なる夜。
人混みの中、これほど多くの人が存在するのに、心から愛する人と共にいられる奇跡。
このささやかでありながら、気の遠くなる確率の奇跡に感謝しよう。
それはきっと天からの贈り物。
Merry Christmas!!
2001.12.23 |