「え。どうして一つしか持っていけないんですか?」
きょとんとして聞き返すイルカ先生。
アスマと紅がわざわざ上忍の控え室まで呼び出して、ソファーに座らせて聞いたあとの第一声だった。
もしかして言うかもなぁ、と予測していた通りの言葉は聞いてて微笑ましい。
俺は気配を消して、窓の外にかかる木の枝で待機していた。
不安半分、期待半分でそわそわと答えを待つ。
「いや。そういう設定だから答えが面白いんだろ」
「そうそう。そういう決まりなのよ」
「そうですか。うーーん、一つ……一つですか?」
な、悩んでる!やっぱり!
うう、ヒドイですイルカ先生。
今の俺はちょっと泣きそうだ。
俺は即答だったのに、すぐに恋人のことが思い浮かばないなんて悲しいです。
世の中思い通りに上手くはいかないと覚悟していたものの、少し期待していた分だけダメージは大きかった。
落ち込むあまり、もう耳を傾けることもできなくなってしまった。
外にいるため、集中していなければ中の会話もろくに聞こえなくなる。
木の上で呆然としていると、突然笑い声が辺りの空気を震わせた。
「あーはっはっはっ」
「いやだ、もう!」
二人の笑い声だ。
何があったのかよくわからなくて戸惑う。
そんな笑える回答だったのだろうか。
なかなか止むことのない笑い声に、部屋の中に姿を現す決心をした。
どんな答えだったか気になって隠れているどころじゃない。
げらげらとまだ笑いの止まらないアスマの頭を小突いて中に入った。
改めて部屋の中を見渡すと、イルカ先生がまだ悩んでいる最中だった。
「いやだー、もう可笑しいったら」
「じゃあ、その恋人も来たことだし、俺らは退散するか」
え?え?
何があったんだろう。
うわー、俺の馬鹿。どうして聞いてなかったんだろう。
俺の疑問を余所に、アスマも紅も俺の肩をたたいて、部屋を出ていこうとする。
そうはさせるかと、アスマの腕をぐっと掴んで離さないでいると、仕方ないなと言わんばかりにニヤリと笑った。
「あんまり悩むもんだから、紅が『恋人は持って行かなくていいの?』って聞いたんだ。そしたら、

『それは勝手についてくるので、持っていく必要はないんです』

って、きっぱり言い切ったんだよ。くくく」
「一種の惚気ね。ごちそうさまー」
そう言って笑いながら去っていったのだった。
後に残されたのは俺とイルカ先生だけ。
悩みに悩んで、ようやくイルカ先生はよし!とばかりに顔を上げた。
きっと答えが出たのだろう。
「あれもこれも持っていきたいけど、一つになんて絞れないから何も持っていかないことにします」
そうすれば公平でしょう?
とにっこり笑った。
そんなことをしれっと言うので、思わず抱きしめてしまった。
「そうですね!何も持ってかなくたって、全然平気ですね!」
持っていく必要すらない。だっていつも一緒だから。
あなたさえいれば。
他には何もいらない。
二人でいられたら、無人島だってバラ色をした夢の島に変わるだろう。
そう考えて、うっとりと溜息をもらす俺だった。


END
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2003.01.11


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