世間はクリスマスの日。
「よう、カカシ。お前これからどうするんだ?」
アスマは仕事帰りに友人に声をかけた。
恋人がいるとは聞いたこともないので、家族もいないカカシはきっと一人だろう。飲みに行こうぜ、と誘おうと思っていた。
「ケーキ持ってきた」
「は?」
ケーキを持ってきた、と言っただろうか。
果たして彼の手の中には白い箱がたしかにあった。大きさから言えばホールケーキと思われる。
いつのまに。
任務の始めからこんなものを持っていたか?とアスマは首を傾げたが、ともかくケーキがここにあることに間違いはないだろう。
酒のつまみにケーキ。うげ、と思わずアスマは眉を蹙めた。
が、せっかくのクリスマスだしそれもアリかと無理矢理自分を納得させる。
「じゃあそれを……」
食いながら飲もうぜ、と言おうとしたのだが。
「この手作りケーキを持って立ってると王子様に会えるらしい」
「は? 今なんつった?」
「だから。運命の出会いがあるんだって」
「え? もしもし?」
「昔四代目がそう言ってたから間違いない」
よ、四代目ー! なに大嘘ついてんだぁぁぁ!
アスマは心の中で絶叫する。
子供についた罪のない嘘だったのかもしれない。しかし、相手は本気で信じてる。そりゃもう確実に。
それどころか実行までしてるじゃないか。
「……つまりケーキを作ってきたわけだ、自分で」
こくりとカカシが頷く。
よく作ったな、というのが正直な感想だ。出来上がりがどうなっているか怖いもの見たさで覗いてみたくなる。
「それ持ってどこへ行くつもりだ」
「とりあえず人が集まるとこ」
どこがいい?と素直に聞かれて、アスマは思わず答えてしまった。
「そりゃ、あっちの広場のでっかいツリーは待ち合わせ場所に最適だって評判だぜ。イルミネーションスポットだからな」
言ってしまってから、止めるべきだったのにそのチャンスを逃した自分に歯噛みする。
「じゃあそこへ行ってみる!」
「あいや、そうじゃなくてだな」
止める暇もなくカカシは去ってしまった。
「……どうする」
しばし悩んだのち、アスマは広場へ行って様子を窺うことにした。
広場はカップルか待ち合わせている人間しかおらず、いかにもクリスマスという感じだった。白い箱を持って一人佇むカカシは、誰かを待っていると見えなくもない。
実際待っているはずだ、王子様とやらを。
しばらく待って、適当なところで声をかけようかとアスマは考え、物陰から見守っていた。
「あれ、何してるんですか。アスマ先輩」
「テンゾウか。……いや、ちょっとな」
通りがかりの後輩に声をかけられたが、言葉を濁す。まさか『カカシが王子様を待っててな。わははは』と言えるはずもない。洒落にならない。
テンゾウはアスマの視線の先を確認し、驚いた声を出す。
「カカシ先輩、デートなんですか!」
「いや、デートっつーかな……」
きっと誰も来ない。一人きりのクリスマスイブなのは間違いない。
「お前、もう帰れよ」
早くここから立ち去って欲しい。アスマはそう思った。
「どんな恋人なのかすごく興味あります。俺もご一緒しますよ」
「俺は出歯亀じゃねぇよ!」
「まあまあ」
後輩に誤解されたまま、二人でカカシを見守ることになった。
カカシはといえば、立っていることに飽きたのかベンチに座り、箱を開けてケーキを晒している。
あれが手作りしたという代物か。アスマはじっと見つめる。
見た目はわりとまともだ。生クリームに苺が乗っている普通のケーキ。
が、だからと言ってそれに釣られて王子様がやってくるわけもない。時間だけが過ぎていき、しかも雪まで降ってきた。
「寒い」
アスマが憮然と言う。
寒いなら帰ればいいじゃないか、などと先輩を立てる後輩は口にしない。そうですねぇと同意しながら手に息を吐きかけて暖を取る。
「恋人、来ませんねぇ」
まあ来ないだろうな。アスマは嘆息する。
広場はすでにカップルばかり。待ち人来たらずは、もはやカカシだけなのだ。
さすがのカカシも寒いのか顔が引き攣っている。いや、もしかしたら王子様が来ないせいかもしれない。
もういいかげん止めさせようとアスマが立ち上がったその時。
「お、イルカじゃないか」
広場にやってきた人物に足を止める。
幼なじみであるイルカも誰かと待ち合わせなのかとアスマも最初は思ったが、どうも違うらしい。ただ単に仕事帰りにイルミネーションを見に来ました、としか思えない行動の数々。
「ははは。イルカらしいな」
ツリーを見ていたイルカが、ふとカカシに目を留める。
「あの、大丈夫ですか?」
「え?」
「顔色悪いですよ」
イルカは心配そうにカカシの顔を覗き込む。
「だ、大丈夫です!」
カカシの頬にぱぁぁと紅が差す。
「こんな寒いところで待ち合わせですか?」
「いえ……一緒にケーキを食べてくれる人を探してるんです」
「…………」
イルカが黙ってしまい、アスマはこめかみを押さえた。
ここはフォローするため出て行かねばならないだろう、とアスマは思ったのだが。
「……それ、俺でもいいですか?」
「え」
「ケーキを一緒に食べるの……って図々しいかな。今年は買ってなかったから」
「よ、喜んで! ぜひ、ぜひ!」
フォークを取り出したカカシに、ここで食うのかよ!とアスマは突っ込みたかった。
寒空の下、イルカがケーキにフォークを突き刺した瞬間。
ずぶずぶとフォークが沈んだのち、カツンと音がした。
「あっ、あの、スポンジが膨らまなかったから生クリームで誤魔化したっていうか!」
そんなエグいケーキを人に食べさせようとしたのか。
「あの音からしてかなりの硬度のスポンジですよね……」
「ああ、そうだな……」
アスマもテンゾウもあれを食べるのは無理だろうと思ったが、はっきりと口には出せなかった。
「……生クリームを先に食べて、残ったスポンジを蒸かしてみたらどうでしょう!」
ケーキをじっと見つめていたイルカが提案する。
強者だな、イルカ!
アスマは思った。
それはもう捨てちゃっても誰もお前を責めないぞ。むしろ投げ捨てろ。
ハラハラしながら見守る。
「名案です!」
カカシが満面の笑みで同意し、自宅で実験、いや実践することになったらしい。
二人が去っていく後ろ姿に、アスマの手は虚しく空を切った。
「食べ切れるんでしょうか」
「さあな」
「…………」
「帰るか」
「……はい」
自分の手に余ることには手を出さない。社会人の知恵だ。大人しく家へ帰った方がいい。
二人はとぼとぼと家路につく。
「ぶえぇぇっくしょん!」
アスマの大きなくしゃみが辺りに響き渡り、テンゾウの鼻を啜る音も混ざったが、幸せなカップルたちは気にも留めないのだった。
Merry Christmas!! 2010.12.25 |