10班の下忍たちと一緒の任務もようやく終わりを告げた。
今日の任務は農作物の収穫の手伝いだった。埋まっているサツマイモを土から掘り起こすのに悪戦苦闘した。いや、イモというよりは下忍相手に苦闘した感があったが。
ともかく、戦いすんで日が暮れて。
報告書も提出して、さあ帰ろうと歩いていたそのとき。
「アスマ先生、今日はもうこれでお帰りですか?」
廊下で声をかけてきたのは、アカデミー教師のイルカだった。
「まあな。あとはもうまっすぐ帰るだけだ」
「そうですか、お疲れさまでした。今日は大変でしたね」
受付で任務内容を知っているのだろう。そう言われた。
笑顔で労をねぎらわれて、今日一日の苦労もなんだか報われるような気がした。
そういえば、つい最近までうちの下忍どもの面倒を見ていたのはイルカだったと思い至った。三人どころかそれ以上の子供を教えていたとは驚き以外の何物でもない。
その苦労に思いを馳せていると、イルカが口を開いた。
「実は今日鍋をしようかと思って……アスマ先生も一緒にどうですか?鍋は人数が多い方が楽しいですから」
「あー、鍋ね」
肌寒くなってきたこの時期、鍋はそりゃあいいだろう。暖まるし、イルカ作だというなら美味しいはずだ。
だがしかし、その誘いにのるには大きな問題があった。
「アスマ先生が一緒だと、きっとカカシ先生も喜びます」
いや、喜ばない。決して。
心の中で呟いたその言葉は、口には出さなかったが。
そう、問題はカカシなのだ。
盲目的に愛している恋人・イルカに近づく人間には容赦がない。たとえその人間に邪な気があろうがなかろうが関係なかった。俺が単にイルカと仕事の話をしているだけでも、二人で居たというだけで目くじらを立てるような男なのだ。
夕食におよばれなんて、結果は目に見えていた。だから断りたい気持ちでいっぱいだ。
しかし。
「都合が悪いですか?」
寂しそうにしょんぼりと言われると、無碍の断るのも良心が痛む。
「あ、いや、そういうわけじゃあ……」
「じゃあ、ぜひどうぞ!」
言葉を濁しているうちに、なぜか一緒に鍋の材料を買いに行くことにまでなってしまった。ほわわんとした顔をして、意外と押しの強い人間だ。さすがカカシの恋人、恐るべし。
スーパーで買い物を済ませ、三人分にしては意外と大荷物になった袋を抱えてイルカの家へと向かった。
玄関の扉を中から開けて出迎えた時のカカシの驚きようと言ったら。
「な、な、な……」
この世の終わりのような顔をしていた。
たぶん何を考えているかよくわかる。
イルカ先生こんな髭熊を二人の愛の巣に連れてくるなんてどういうつもりですかまさか髭が好きなんじゃないでしょうね俺はポイですか捨てられるんですかギャースー。
こんな感じだろう。っていうか、こんなのが容易に想像できる自分が真剣に嫌だ。げんなりする。
「アスマ先生を夕飯にお誘いしました」
カカシの心の中の葛藤など意に介せず、イルカはにこやかにそう言った。
「な、なんでアスマなんか誘うんですかっ、イルカ先生!」
それはイルカが俺とお前を親友だと思い込んでいるからじゃないだろうか。まったくの勘違いなわけだが。
「鍋は人が多い方が楽しいですから」
「で、でもー」
「それにもうすぐアスマ先生の誕生日だからお祝いしたかったし」
「えっ」
そんなつもりだったのか。知らなかった。
しかしそれはかなりの問題発言だ。
いや、カカシ以外の人間が聞けば、なんてことはない言葉のはずだ。贈り物をわざわざ選んできて渡すほど親しくはないが、夕飯ぐらいは一緒に食べて祝ってもいいかという程度の知人。それくらいの意味だろう。
しかし、カカシはそうは受け取らなかった。
「祝うって何ですか!別にどーでもいーじゃないですか、こんな髭がいつ生まれてこようとイルカ先生には何の関係もありませんよ!」
「またそんな口の悪いことを……関係なくないでしょう?カカシ先生の友人なんですから」
「えっ、俺の友人だからですか」
カカシは驚いたような弾んだような声で叫んだ。口布で顔は隠れていたが、きっと口元は笑っているに違いない。
「ええ。だから準備ができるまで待っていてください」
イルカはそう言って台所へ行ってしまった。
俺は、「俺の友人だからなんて、イルカ先生ったら……」と頬を染めてブツブツ呟くカカシを相手にする気にもなれず、かといって人の家で手持ちぶさたに待つのも嫌だったので、鍋の支度を手伝おうと考えた。
早く作って早く食べて早く家へ帰りたい。
そんな切実な思いから台所へと向かった。
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2004.10.16 |