「俺、ちょっと出てきます」
イルカはそう言って立ち上がった。
「って、おい。今からカカシの足に追いつくのは無理なんじゃないか?」
かたや上忍、かたや中忍、結果は目に見えている。そう思ったのだったが。
「大丈夫ですよ。どうせ追いかけてきて欲しくてその辺でウロウロしてるんですから」
「……なるほど」
さすが恋人、よくわかってらっしゃる。
もしも追いかけなかったら、どうして追いかけてきてくれないんですかイルカ先生の馬鹿ぁ!とかなんとか言って泣きながら戻ってくるんだろうなぁ。
「すみません、誘っておいて放っていくなんて……」
「ああ、いいいい、大丈夫だ。カカシがいない方がゆっくり食べれる」
「あはは、そうですか。それじゃあちょっと行ってきますから」
イルカは申し訳なさそうに出て行った。
やれやれ、これでゆっくりできると思っていたら、本当に少しの時間で戻ってきた。上忍もビックリの早業だ。いったいどうやってあのカカシを説得したのだろうか。
「あー、悪かったなカカシ。そんなつもりはなかったんだが」
一応形だけでも謝っておかねばならないだろう。そうしなければ明日からまた面倒だと思ったからだ。
しかし。
「ふっ、いいんだよ。俺は茄子とは結婚しないんだからな。フハハハー」
カカシは腰に手を当てて天井を見上げんばかりに笑っていた。
こいつ、また訳わからんこと言ってるよ。
しかしとにかく機嫌は直ったようだ。むしろスペシャルに機嫌が良いと言ってもいい。
イルカが何と言ったのか気になってカカシに聞いてみた。すると、自慢げに話してくれた。


「イルカ先生はアスマが好きなんでしょ!」
「そりゃあアスマ先生は好きですが……」
「ほらね!だからアスマと仲良くできたら俺なんかどうでもいいんでしょ」
「あのね。カカシ先生は茄子が好きですか?」
「え? ええ。大好きです」
「じゃあ、茄子と結婚するんですね」
「イルカ先生、それとこれとは話が……」
「同じです。カカシ先生が言ってることは、同じことですよ。俺がアスマ先生を好きなのはそういうレベルの話です。どうしてそれがわからないんですか」
「……イルカ先生って、すっごい教えるのが上手なんですね。ようやく俺にもわかりました」
「わかりましたか。それはよかった」


「というわけなんだよー。さすが俺のイルカ先生、すごいよねー」
たしかにすごい。
さすがアカデミー教師、泣く子を黙らせるのがうまい。駄々を捏ねるカカシを手懐けるのは天下一品だ。一種の感動すら覚える。
「アスマ先生、すみませんでした。誘っておいてバタバタしてしまって……」
イルカがすまなさそうに謝ってくるが、そんなことはどうということはない。
「いや、鍋は美味かったよ。ごちそうさん」
「そんな!こんな食事でよければ、またいつでも食べに来てくださいね。俺もカカシ先生もアスマ先生が大好きですから、待ってますよ」
などと、イルカは平気な顔をして言う。
その言葉に、カカシの様子をそっと窺う。口元を引きつらせながらそれでも笑おうと努力しているらしい。
「俺も茄子が好き……じゃなくて、アスマが好きだよー。ははは」
カカシが茄子と言い間違えたのは、そう思い込もうと心の中で唱えていたせいなのは間違いない。乾いた笑い声がそう物語っている。
だが、まあいい。俺はこれ以上カカシがうるさく言わないのならば、自分が茄子に認定されてもかまわない。大歓迎したいくらいだ。
もちろんカカシの自己暗示がいつまで保つかはわからないが。しかし、それまでのほんの少しの時間だけはちょっとした骨休みになるだろう。それだけを希望に、今日の終わりに安堵する俺だった。


END
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2004.10.18


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