「イルカっ」
ライドウが思わず詰め寄ると、カカシがぎろりと睨んだ。
『呼び捨て?ねぇ、今俺のイルカ先生を呼び捨てにした?』という無言の圧力がライドウを震え上がらせる。
「いや、イルカさまっ。やめてください、火影の威信に関わります!」
今まで準備を重ねてきた授業参観を台無しにされるくらいなら、というイルカなりの譲歩だったのだろう。
だが考えてもみろ。
アカデミーの教室に入ったら、六代目が座ってるんだぜ? 教壇に立つ教師を眺めながらたまに「うふふ〜」とか奇声を発するんだぜ? たまに指文字で「イルカLOVE」とか書いちゃうんだぜ? それを無視されたら内股で泣き崩れたりするんだぜ?
親にしてみれば何事かと注目するだろうよ。
火影って火影って、と遠い目をする大人続出に違いない。
すべて執務室で目撃済みの光景を思い浮かべ、ライドウは絶望的な気分になった。
「大丈夫ですよ、姿が見えなければいいんだから。それぐらいできますよね、カカシさん?」
イルカが尋ねると、カカシがこくこくと頷いた。そりゃもう必死に。
それでも納得しないライドウに、イルカがにこりと笑う。
「ライドウさんは心配性ですね。こう見えても曲がりなりにも六代目、腐っても火影なんだから。ちゃんと隠行の結界ぐらい張れますよ」
あまりの暴言にライドウはひぃぃぃと悲鳴を上げる。
「いや、イルカっ。六代目は曲がってもないし腐ってもないから!」
腐ってるなんて、腐ってるなんて!
そしてまたしてもイルカを呼び捨てにしてしまったことに気づき、おそるおそるカカシの方を窺う。
しかし、カカシは教室入室の許可が出て浮かれているため、すでに話を聞いてなかった。
「イルカ先生イルカ先生。準備できましたよ〜!」
未決裁の書類を腕一杯に抱え、ご褒美を待ちかまえて尻尾を振る犬のように立つカカシ。
その姿に眩暈を覚えつつ、ライドウは考えた。
あれだけの書類が片付けば今日の仕事は終わる。仕事が順調であれば自分の給料も安泰。しかも教室に行くということは、自分は火影の側に控えていなくてもいいということだ。そんな安息があれば自分の胃炎も少しは休まるだろう。しかも明日は授業参観の振替休日でイルカは休み、そうなると六代目も休むに違いない。明日一日会わなくて済む。まるでパラダイス、良いことずくめだ。
「イルカ、よろしく頼むっ」
ライドウはイルカの手をがっしり握りしめ、頭を下げた。
「はい。書類を片付けるまでしっかり見張ってますから、安心してください」
事務処理も兼任しているイルカはその辺りの事情を心得、気を遣っているのだ。
優しいなぁ、癒し中忍ってホントだったんだなぁとライドウは涙ぐみそうになった。
だが、ライドウは知らなかった。
その一連の行動が『あいつイルカ先生と親しくしすぎじゃね?』とカカシの不興を買い、火影権限で減給扱いになってしまうことを。


END
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2008.05.24


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