「今日一日なんとか無事に過ごせますように」
そう祈ることは、すでにアスマの日課となっていた。
いつも散々な目に会うのは誰のおかげかは決まり切っていたが。
もうそろそろ10班の集合場所に行こうかと立ち上がった時だった。
玄関の扉がすっと開いて、いつも眠たげな目をした片目の男が入ってきた。
「おはよー」
珍しい。
どんなことがあっても朝早く起き出したりしない男が。
「早いな、カカシ。どうした」
「実はアスマに言っておきたいことがあってな」
いつにない真剣な表情で切り出され、気を引き締めた。
「俺は、火影になろうかと思う」
「ほぉ?」
普段、人一倍面倒なことが大嫌いなやつが、この里で一番面倒で責任重大な立場を目指すなんてことを言う。
だが、いい傾向だと思う。
カカシはこう見えても、課せられた任務はきちんと遂行するし、仲間思いな奴だ。
『写輪眼のカカシ』として近隣諸国の知名度も高い。
木の葉の里にとって悪い話じゃないはずだ。
本人がその気なら、三代目にそれとなく打診してみてもいい。
下忍を担当していたナルトが、四六時中「火影になる!」と言っていたのが刺激になったのかもしれない。
「ほら、アスマは三代目の血縁だろ。自分が五代目になる気でいたら困ると思って」
そんなことを気にしていたのか。
意外と周りに気を遣うタイプだったのか、と驚いた。
「ばーか。なに気使ってるんだ。俺にそんな気はねぇよ」
「そうか!よかった」
嬉しそうに笑う姿を見て、やはり以前のカカシとは違うと感じていた。
暗部にいた頃は無感動で面倒くさがりだったはずが、今は何かと喜んだり怒ったり泣いたりしている。
「やっぱ火影様ってスゴイじゃないか」
「まあな」
「自分の側に置きたいが為に、教師であるイルカ先生を受付に人事異動させたりさ。イルカ先生の気を惹きたいが為に、里の重要書類を見せちゃったりさ。職権乱用しまくりだよな!」
「ああ?」
なんだか嫌な予感が……
「権力振りかざして昼御飯に誘ってみたり。これってセクハラだよな。いや、恋人の俺がする分には全然問題ないんだけどさ」
いや、お前の考えてることは充分セクハラに値すると思うぞ。
「俺が五代目になったら、イルカ先生を秘書にして一日中一緒にいるんだ。あれしてもらったり、これしてもらったり。いい考えでしょ。あー、幸せー」
いろいろと夢を語る26歳。
今さら夢見るお年頃でもあるまいに。
「ほら、ナルトがさ、火影になったらずっとイルカ先生といるって言うからさ。これは恋人として阻止しなきゃいかんでしょ!?ナルトなんかにこんな美味しい目に合わせるわけにはイカン!と思い至ったワケよ!」
朝から興奮気味で喋りだすカカシに、今日一日の気力は吸い取られてしまいそうだった。
ツバを飛ばすな、ツバを。
「それにサスケ。あいつはタイプが似てるんだ」
「ああ、戦闘タイプがな」
お。少し話題が変わったか?
と油断していると。
「ちっがーう! 好みのタイプがだよ!絶対やつもイルカ先生を狙って火影を目指してるとみた!」
「……あいつの目標はうちは家の再興だろうが」
「成長したら写輪眼がやっかいだから、今のうちに潰しておかないとヤバイよ」
「いや、だから…」
「問題はどうやって潰すかだけど。そこでお前に相談が…」
「人の話を聞けーー!! お前は子供かー!」
ついに我慢の限界に達し、大声で怒鳴った。
カカシをそのまま部屋から蹴り出して、扉を固く閉ざした。
「はっ。まさかアスマ、お前もイルカ先生狙いなのかっ!」
ドンドンと扉を叩く音が辺りに響き渡る。
朝一番の祈りも虚しかった。
たとえ今日一日無事に過ごし、明日無事かどうか定かではなかったとしても。
せめて一日ぐらいは、と願わずにはいられなかった。
END
2002.09.07 |