【今も昔も】


いつもイルカ自慢をしに来て辟易させるカカシは、今日はイルカ本人を連れていた。
アスマにとってはこれは少し都合のいいことだった。
なぜなら、本人が目の前にいると普段の強烈な惚気が多少は緩和されるからだ。多少ではあるが。
もちろんイチャイチャされる危険性もあるが、そこはそれ。馬鹿なカップルがいると思って視線を逸らしてしまえばいいのだ。
実害がない限り多少のことは許容できるようになった自分を考えると、涙が禁じえないアスマだった。
「そういえば、どうしてアスマ先生のことを『熊』って呼ぶんですか?」
ふと思いついたのか、イルカが質問してきた。
「よくカカシ先生は『熊』とか『髭熊』とか呼んでますよね?」
「え。だってアスマは熊だし」
カカシは当たり前のことのように答えた。
「……カカシ。それは説明になってないだろーが」
アスマの力無い抗議により、カカシは少し首を傾げながら自分の記憶をたぐり寄せようとしているようだ。
「えーっと、ほら!アスマって暗部の面が熊だったんですよねー」
「ああ、だから…」
「そうそう!それで初めて会ったとき間違えたんだった」
「あー……」
カカシはようやく思い出したばかりに晴れ晴れとした顔で。それとは対照的に、アスマは苦虫を噛みつぶしたような表情を見せた。おそらくその当時のことを思い出したからだろう。
アスマの様子を見て、イルカは追求しない方がいいと判断したが、カカシはいたって楽しげに解説し始めたのだった。


それは三日月の晩だった。
月明かりも少ない上にちょうど雲がかかって、その姿は隠されていた。辺りは夜の闇に包まれている。
カカシの所属する暗部部隊は、敵を殲滅する任務にあたっており、一人一人散開しながら戦っていた。
カカシ個人は一小隊を何とか片付けて一息ついた、その時。
ガサリと音がした。
敵か味方か、とカカシが息をひそめて窺っていると、大きな影がある。いや、存在しているような気配があると思った。
月にかかっていた雲が風で流れ、一瞬その影の正体が現れた。またすぐに雲が流れ、月明かりは届かなくなってしまったが。
熊だ。こんなところに何故。
カカシは一瞬戸惑ったが、薄暗い闇の中デーンとそびえる影の大きさはどう見ても熊そのもの。
腹を空かせて山を下りてきたんだろうか。
ともかく人食い熊だったらたちが悪い。先手必勝。殺られる前に殺れ。
カカシはそう思い、眉間を狙ってクナイを放った。
「うぉっ」
もう少しでクナイが届くという瞬間に、驚きの声があがり、キィンという音と共にクナイははじき飛ばされた。
「あれ?」
その時になって初めて、カカシは間抜けな声を発したのだった。


「いやー、驚きましたよ。なんたって熊がしゃべったんですからね!」
あはは、とカカシは爽やかに笑った。
「って、単に熊面をつけてただけだろ!」
「でも、どう見てもアレは熊にしか見えなかったんだけど。体格といい顔といい間違いなかったのにー」
納得がいかなくて口の中でブツブツと呟くカカシ。
「写輪眼の使いすぎで眼がかすんでたんじゃないのか。いくら暗かったからとはいえ」
「だいたいあんな音を出して居場所が分かるような忍びがいるとは思わなかったからー」
「音を立てるのは敵意がない証だろうが。援軍が途中参加するときのお約束だ。それをお前って奴は!」
「あー、そうだっけ?」
アスマの怒りもどこ吹く風という感じだった。
「いや、俺もさ。もしかしたらもしかして、ずいぶん前に頼んでおいた援軍?と思わないわけでもなかったんだけど。面からはみ出る髭が熊感を増す効果があったっていうか。どっからどう見ても熊っていうか」
「しつこい」
「ほら、今はちゃんと間違えないから!」
「当たり前だ!」
そんな二人のやりとりを、イルカは微笑みながら眺めていた。
常々仲のいい二人だとは思っていたが、出会った頃からもうこんな感じだったみたいだ。気の置けない友人っていいなぁ。などと、おそらくアスマに知られたら涙が出そうな反応が返ってきそうなことを考えているイルカだったが。
「あ、そうだ。俺、アスマ先生の暗部姿を見てみたいです」
「え」
「昔から熊好きなんです。そんなに似てるんだったら見てみたいなって…」
イルカの無邪気な提案は、カカシを顔面蒼白にさせるに充分だった。
チャクラが実体化し、アスマを狙っているのは明白である。
「よせ。無駄にチャクラを垂れ流すな!イルカも無駄に煽るんじゃねぇ」
アスマは必死になって止めようとするが、カカシの方はどうにも止まりそうになかった。戦闘中ならともかく、こんなアホな理由に命を懸けたくない。そう切実に考えたアスマは、高速回転で頭を働かせた。
「そうだ!お前の暗部姿もイルカに見せてやったらどうだ?きっとカッコよくて惚れ直すこと間違いなしだ」
「惚れ直すこと間違いなし……」
カカシはオウム返しに言葉を繰り返した後に黙ってしまったかと思うと、いきなり顔を輝かせてアスマの手を握りしめた。
「お前はなんていい奴だ、親友!」
だから、親友じゃないって。
そんなアスマの心の中など知らず、カカシは感激しているようだった。
「今、着替えてくるから待っててくださいねー。イルカせんせぇーー」
と猛烈な勢いで駆け出して行ってしまった。
「……イルカ。お前も苦労するな」
残されたアスマは、おそらくこの先一生あのカカシと付き合っていかねばならないであろうイルカにしみじみと言った。しかし。
「そんなことないです。毎日が楽しくて退屈しませんよ」
イルカはにっこりと笑って答えた。
その答えを聞いて、菩薩かとアスマは思った。
そして、これぐらいでなければカカシと付き合ってなどいけないのだ、と悟った。さすがイルカ、と感心していたのだが。
「アスマ先生もそうでしょう?」
「………………」
つまり俺も菩薩の境地にならなければいけないってことなのか!そうなのか!
誰にも問い掛けることのできない問題を胸に抱えながら、アスマはカカシの残していった土煙を虚ろに眺めることしかできなかった。


END
2003.11.16初出
2010.04.17再掲


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