今のも空耳だと思いたい。
俺がアスマに恋してるなんて、質の悪い冗談だ。
でも、もしかして万が一何かで誤解が生じたのかもしれない。
「……つまり俺はアスマが好きだと誤解されていたということですか」
「ええっ、違うんですか!?」
イルカ先生の驚愕の表情に開いた口がふさがらない。
本気だよ。本気でそう信じてるよ、心の底から!
理解した途端はっとした。
今までの彼の行動すべてがそれを元に構成されていたってことなのか。
ことごとくアスマを飲みに誘っていたことといい、やたらとアスマの反応を気にしていたことといい。あれがすべて?
……おそらくたぶんそうなのかも、この状況から察するに。
「それじゃあ、もしかしてあの告白の練習ってアスマにするための……?」
こくりと頷かれて目の前が真っ暗になりかけた。いや、実際なった。
なんでそんな勘違いしちゃえるんですかー。
不思議でたまらない。こんなにもイルカ先生が好きだというオーラを出していたはずなのに!
「だって、俺とアスマ先生が話してる時、睨んだじゃありませんか!」
あ。あれかー!
でもあれで誤解されたってそんなのアリか?
たしかに殺気を漏らしたのは上忍としても恋する男としても失格だった。
けど、睨んでいた先はアスマだった。そんなのはちょっと考えればわかりそうなものだ。俺がイルカ先生を睨むわけがないし!
「たしかに見てましたけど、あれはイルカ先生を睨んだんじゃないですよ?」
「そんな見え透いた嘘をつかなくたっていいんです」
見え透いた嘘って。むしろ俺がアスマを好きってことの方が誰から見ても丸わかりの嘘じゃないか。
なんでわかってもらえないんだ。
「だって理想のタイプは子供好きで面倒見がよくて老若男女誰からも好かれる人だって言ってたじゃありませんか。どこをどう考えてもアスマ先生のことでしょう?」
小首を傾げるイルカ先生は可愛かったが、言ってる内容はとんでもなくズレている。
どこをどう考えてもそれはアスマのことじゃありません。
「そこからしてすでに食い違ってるんですか……参ったな」
もっとわかりやすく言うべきだったのか。
こうなったら仕方がない。
「あのですね」
「はい」
「俺の好きな人は、黒髪で黒い瞳の、誰からも好かれてる教師の鏡です」
「だからアスマ先生じゃ……」
「違います」
俺としては可能な限り具体的にわかりやすく言ったつもりだった。誰が聞いてもそれがうみのイルカを指すとわかってくれたはず。それが何故。
イルカ先生はしばらく考え込んでいたが、とんでもない閃きが舞い降りたようだった。
「はっ。まさかガイ先生!?」
なんでそっちに行っちゃうんですか!
「……いえ、上忍師じゃなくてアカデミーの先生です」
「えっ、俺の同僚ですか!?」
こんなに鈍い人だったなんてー!
この恋心をわざと無視されているんじゃないのかと疑ってあれほどやきもきしたのは何だったんだ。
もしかしたら伝わってないのかもしれないと思ったこともあったが、まさかここまでとは。イルカ先生は想像のさらに上をいく。
「つまりあなたですよっ!」
もはややけくそだった。
しかし当のイルカ先生はぼんやりしていて、はっきり理解してもらえたのか自信がない。
アスマが奇声を発している。あれは笑い声だ。
ああ、そうだろう。さぞかし可笑しいんだろうよ、端から見れば。だが、こっちは真剣なのだ。
「は、腹がよじれるっ」
「うるさいぞ髭!」
まさにソファから落ちかけている忍び失格の熊。蹴り殺してやろうかと思ったが、大好きなイルカ先生が俺の腕に縋りついてくるので仕方なく止めてやった。
きっとこの場所がいけない。
うまく伝わらないのも理解してもらえないのもこの部屋の空気が良くないのだ。
「とにかくどこか他へ行きましょ」
そう言うとイルカ先生も賛同してくれた。
去り際に、まだ笑っているアスマに『笑いすぎで死ね』と心の中で言い捨てた。
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2008.01.12 |