「イルカ先生。これ……お誕生日おめでとうございます！」
そう言ってカカシが差し出したのはキーケースだった。
「あ、ありがとうございます」
今朝からお祝いの言葉を言われるだけでウキウキとした気分になっていたイルカは、誕生日プレゼントというものを貰って感激しそうになった。
恋人に祝ってもらえるなんて今まで想像もしていなかった。好きな人に言われるのはまた格別なのだと感じる。
しかも牛革と思われる高級品。めったに手にしないものを持つ手が震えそうだ。
がしかし。
中を開いてみてイルカはくすりと笑った。
「カカシ先生、駄目ですよ。鍵つけっぱなしじゃないですか。いくら使ってたお古だからって、鍵まで貰えません」
そう言いつつ、中にぶらさがっていた鍵を外してカカシに返す。
ついこの前、今日が誕生日だと口にしたら酷く慌てていた。きっと贈る物が見つからなくて、家にあった貰い物をくれたのだろう。スペアの鍵がつけっぱなしなんてよほどうっかりしていたに違いない。
さすが上忍、こんなものが家に余ってるなんてすごいなぁ。まだ全然新品だ。
本来ならキーケース自体も返した方がいいのかもしれないけど、気持ちは嬉しかったしちょうど欲しかったし、何よりカカシから貰ったものは記念に手元に置いておきたいから、これはありがたく貰っておこう、とイルカはにこりと笑った。
カカシが恥ずかしさのあまりか固まっているのを見て、もう一度お礼を言った。
「すみません。まだ仕事が残ってるので、また後で」
イルカは受付へ向かって歩き出した。
残されたカカシは、イルカが見えなくなってからようやく脳みそが活動を始めたらしい。
「え。え！　えええ！　イルカ先生！」
手には自分の家の鍵。
もちろんスペアでもなんでもない。
キーケースなどただの口実で、むしろ中身の鍵がプレゼントだったカカシにしてみれば、もうどうして対応してよいのかわからない。
気合いの入ったメインを出す前に、前菜を食べた客に「美味しかったです」と帰られてしまったシェフの心境。いや、シェフなんかよりこのダメージは大きい。
「俺はお古を渡すような情の薄い人間だと思われてるんだー！」
カカシは待機所へ走り、髭の友人を揺さぶって叫んでいる。
揺さぶられた人間は、鍵よりも煙草の灰が落ちそうになってることの方が問題だと考えていた。カカシの相談はほとんどどうでもいい。
「もうお前、うるさいからとっとと鍵渡してこい」
「でも、返したってことは欲しい気持ちが欠片もなかったってことじゃないかー！」
「あー、そうとも言うかもな」
アスマの台詞にカカシはうっと固まり、泣き崩れた。否定されなかったことにショックを受けたらしい。
「うう。イ、イルカ先生〜」
「直接言わないと、あんな鈍いイルカに通じるわけねぇだろ」
とりあえず揺さぶりが止まって灰が落ちる心配がなくなり、アスマは安心して紫煙を燻らせるのだった


どうする、カカシ。
果たして鍵は渡せるのか、それともお古のキーケースを贈ったと思われてしまうのか。
カカシの明日はどっちだ。