明日は俺の誕生日。
もしかして十二時になった瞬間にイルカ先生に「おめでとう」なんて言ってもらえないかなぁ、なんて期待していたりして。だってそれって恋人の特権じゃないか。
そう思ってそわそわしていると、
「明日も早いので、今日はもう寝ますね」
と、イルカ先生がにっこりと笑う。
「え、もうですか! まだ十一時ですよ」
まだ一時間も前なのに。
「すみません。今日は体術指導やなんかで疲れたので……」
ま、残念だけど仕方がない。明日の朝だって充分一番乗りだし。そう考えて自分を慰めた。
朝の寝起きに「おめでとう」と言われるのもいいよね。
「じゃあ、さっさと寝てしまいましょう」
目が覚めたときにはもう楽しい誕生日なのだから。
と思っていた。
「カカシ先生っ、早く起きてください!」
「んん〜〜?」
「もう! 何度起こしてもすぐ寝ちゃうんだから」
だって眠いんだもの。
「遅れそうだから俺はもう先に出ますよ。戸締まりお願いしますねっ」
バタバタと音がして、はっと気がつくと玄関の戸はバタンと閉じてしまっていた。
え、イルカ先生もう出かけちゃった?
慌てて起きあがっても後の祭り。もう影も形も見当たらない。
わっ、俺のバカ! 大事なこの日に寝坊なんかして、顔を拝むことすらできなかったじゃないか。朝から幸先悪いなぁ。
布団に突っ伏して、もうこのまま寝て過ごしたいと思ったものの、今日七班の集合場所に行かなかったとバレたら、後でイルカ先生にたっぷり叱られるのは目に見えていた。しかたなく起きあがって支度をし、トボトボと歩いていった。
「やぁ諸君。今日は悲しみという底なし沼にハマってな」
「はい、嘘ッ!」
子供というものは情け容赦がない。俺がこんなに悲しみに暮れているというのに。しかも俺の誕生日ということも知らないんだよね。そりゃそうか、子供の頃大人の誕生日なんて関心なかったものな。
あ〜あ、早くDランクなんて終わらせてイルカ先生に会いに行きたい!
そうだ、それがいい。今日は早く終わらせて一日中イルカ先生を眺めていよう。だって俺の誕生日なんだから、それくらいの自分へのご褒美あってもいいよね。
「よーし、お前ら。今日は俺も手伝ってやろう」
「えー、マジで!?」
「やだ! 私、お布団干してきたのにぃ」
「サクラ。それどういう意味?」
「雨か雪が降るんじゃないかと思って!」
雪はないでしょーが。まだ九月だよ、サクラ。
しかし、失礼な子供の言葉など関係ない。今は目標に向かって前進あるのみ!
今日は花畑の害虫駆除。珍しい品種なので、薬は使わず一つ一つ手で虫を捕って排除するのが依頼内容だ。術などを使えない細かい作業のため、人手は多ければ多いほど早く済む。
しかし害虫駆除を始めた途端、なぜかとたん大量の蜂が襲ってくる。しかも俺だけに集中して。
「うわっ、なんでだ?」
「ごめーん、カカシ先生。さっき先生の服にジュースこぼしちゃったってばよ」
「バカナルト!」
襲ってくる蜂を火遁で焼き尽くした直後、それは近所の養蜂場で飼っているミツバチだったと判明した。弁償しろと迫られて仕方なく自腹で払った。こっちも被害者だというのに、がめついオヤジだ。これこそ泣きっ面に蜂というものだ。
そんな苦労をしながらもいつもより早めに任務を終えて帰ってきたというのに、イルカ先生がいなかった。
「火影さまのお使いで、届け物をしに出かけているんですよ」
受付に座っている中忍が親切に教えてくれたけれど、だからといってイルカ先生が帰ってくるわけでもない。少し遠出になるので帰るのは遅くなるそうだ。
お使いって! そんなのそこらにいる下忍にでもやらせればいいじゃないか。火影さまのバカぁ!
心の中で悪態をつきながら家へと帰った。
「ただいま」
「イルカ先生、おかえりなさいっ」
とっぷりと日が暮れまくった頃、ようやく帰ってきた恋人を嬉々として出迎える。
「遅くなってしまってすみません!」
「いいんですよー」
そして慌てて夕飯の支度をしようとする横にへばりつき、最大限かまってもらおうと今日のあれこれを報告する。
すると、イルカ先生は手を止めて振り返った。
「今日は散々だったんですね。せっかくの誕生日なのに」
そう言われて嬉しかった。覚えていてくれた、ただそれだけで。
だから首を振った。
「うーん、そうでもないですよ」
「どうしてですか?」
「だって『終わりよければすべて良し』でしょ? 一日の終わりにイルカ先生が側にいれば幸せですもん」
そう。本当は誕生日なんてわざわざ祝ってくれなくてもいい。ただそこにいてくれさえすれば幸せだということに、ずっと待っていて気がついたんだ。
それが最高の贈り物。
「ならいいんですけど」
イルカ先生はそう言った後に、俺の大好きな微笑みを浮かべて言った。
「カカシ先生、誕生日おめでとうございます」
そんなラッキーなアンラッキーデー。
HAPPY BIRTHDAY!!
2005.09.18初出
2006.09.15再掲/2010.11.11移動 |