「俺、性格ブスは嫌いなんです」
とアカデミーの教師はにっこり笑って言った。
くノ一仲間では性格が悪いと評判の女に向かって。
仲間を思いやるどころか自分が一番の高慢ちきな女は、男の前では最高に媚びるのがうまくて、それがまたさらに女の間で反感を買う原因だった。
その場に居合わせたくノ一の中でざまぁみろと思わない人間など一人もいなかったはずだ。
面と向かって言い切った痛快な男は、受付の事務官も兼任していて火影さまの信任も厚い。子供たちに絶大な人気があって清廉潔白教師の鏡。彼がそんな言葉を言うとは誰も思っていなかった。
だが当然だろう。『男のくせに上忍を誑かすのはお上手なのね、見習いたいわ』みたいなことをネチネチと言われて頭にこないわけがない。あのはたけカカシと付き合い始めたと噂になってから星の数ほど嫌みや中傷を言われ続け、今この瞬間に堪忍袋の緒が切れたのかもしれない。
まさか反撃に遭うとは思っていなかったのだろう、女は怒りでぶるぶると震えていた。がしかし、人目を気にしてかキーキー言い出さなかったのは幸いだった。ただ男なら『覚えてろ』と言いそうな睨みをきかせて受付を出て行こうとする。
戸口でその光景を見ていた私との擦れ違いざま、
「何見てんのよ、ばばぁ」
と言いやがった。
よりにもよって『ばばぁ』とは何事だ。私が今日誕生日なのを知っていてその当てこすりかと頭に血が上った。
が、落ち着いて考えればあの女が知っているはずはないのだ。
ただの雑言。八つ当たりも甚だしい。
だが、その言葉の刃は鋭く胸を抉った。
昔私たちが平気で口にしていた言葉だ。そして『最近の若い者は礼儀を知らない』なんて言われても笑っていられた。
それが今では『最近の若い娘はねぇ』なんて言うのが口癖のようになっている。その事実に呆然だ。
そして、それよりさらに恐ろしいことに気づく。
自分はあの頃尊敬していた先輩と同じくらいの歳になって、はたしてその十分の一でも立派な人間に成長しただろうか。いつも人への気配りを忘れず、いざというときはものすごく頼りになって、でも笑うと可愛い人だった。私も経験を積めばあんな風に、なんて思っていた。
けれど現実はそれほど甘くはなく、あの頃から一つも変わっていない。結局自分は自分でしかない。
どうして気づいてしまったんだろう。なんて憂鬱な誕生日。
「どうしたの紅、ご機嫌ななめ?」
上忍待機所で果てしなく落ち込んでいると、声をかけられた。
噂をすれば影。さきほどの口論の原因ともいえるカカシ本人だった。
「今の私は対人関係における他者配慮と集団帰属への欲求との関連性とか、四次元時空においての自己形成による進化と退化とか、自己受容と他者受容の密接なる関係について真剣に思い悩んでるんだから声かけないで」
「ふぅん。大変だねぇ」
カカシはどうでもよさげに返事をし、ソファーに寄りかかった。
そりゃあ他人にとってはどうでもいいことだろう。だが今の私にとっては大問題なのだ。放っておいて欲しい。
しかしカカシは気を遣って沈黙するつもりはないらしい。
「ねぇねぇ、知ってる? ひよこのオスメスを分ける鑑定士はどうやって違いを見分けてるのか」
なんで今この時にひよこなのよ。
のんきでお気楽なやつ。
そう思いながらも、無視してしまえば自分の大人げなさにさらに落ち込みそうだったので、話に乗ることにした。
「さあ? やっぱりひっくり返して見るわけ?」
「ブブーッ、不正解。勘だってさ」
勘? 第六感ってやつ?
「嘘でしょ。勘で分けられるはずがないじゃない」
「ホント。長年やってると、勘でわかるんだって。99%の正確さらしいよ」
「へぇ。……で、それが何よ?」
カカシがいったい何を言いたいのかわからない。
ひよこの鑑定士がどうだっていうの? なんの豆知識よ。達人レベルになると例えそれが自分に何の役にも立たないことでもすごいとは思う。思うけれどだから何なのだ。
「この前、イルカ先生がお前のこと『いい人』だって言ってた」
「はぁ?」
ひよこの話はどこにいったの。どういう繋がりよ、それ。
「つまり、お前はイルカ先生の鑑定で『いい人』に分類されたわけよ。自慢していいと思うよ〜?」
カカシは目を細めて笑っていた。
イルカ先生の勘というものがどれだけあてになるかなんてわかったものじゃない。
そう文句を言おうとしたがやめた。
なんだか嬉しかったからだ。
そうか、あの人の中で私は『いい人』なんだ。
私の中にある見栄や意地はみっともなく映ったりはしないのだろうか。歳を取るということ生きていくということをよくわかっていなかった愚かさも許容されるのだろうか。
『いい人』なんて必ずしも誉め言葉にはならないが、素直に嬉しいと思えたのは、私の眼にはイルカ先生が『いい人』に見えたからだ。私が感じたそれと同じ意味であればいいと思った。
『いい人』と言われて喜ぶ自分なんて、昔は想像しただろうか。
それが年を重ねるということなのかもしれない。
悪くないと思った。
「なんかちょっと元気でた」
「そ? よかった」
なんてカカシが言うので、慰められた事実に愕然としつつも可笑しかった。
んまぁ、カカシも丸くなっちゃって。
昔はピリピリして人を寄せ付けない空気を発することも多々あった。慰めるとか気を遣うとかそんな言葉さえ知らないかと思っていたのに。
あれね、恋をすると人が変わるってやつね。
そうしみじみ思っていると、
「ちなみに俺は『いい男』だって! うっふっふ〜」
などとアホなことを言う。
そんなこと別に尋ねてないし。まさかそれを自慢したかっただけって言うんじゃないでしょうね。惚気か!
私の感動を返してよ!
「……今のは聞かなかったことにする。イルカ先生の鑑定眼の価値が下がるから」
「何よ、酷いわぁ」
カカシがいやんいやんと身体を捩る。
思わず吹き出した。
「ばぁか」
でもおかげで憂鬱な気分も吹っ飛んでしまった。
結局評価というものは他人がするものでしかないのだ。自分が自分であり続けることで生きていくしかない。自分を認めてくれる人がいると思うだけでもこの先頑張れる気がする。
晴れやかな気分で私はすっくと立ち上がった。
「ね。イルカ先生、今日暇かしら」
「なんで?」
「一緒に飲みに行きたいと思って」
「ええ〜!?」
「誕生日なんだからいいじゃない、楽しく飲みたいのよ。カカシも混ぜてあげてもいいわよ?」
返事を待たずに入口へと向かう。
「行くよ、行く行く。行くに決まってるでしょ!」
背後からの答えに満足の笑みが漏れた。
ついでにアスマも誘ってやろう。
誘わなかったら一人仲間はずれにされたと思って密かにいじけるのだから。強面な割には繊細な男だ。そういうところも実は好きなのだけど。
今日はいい日だ、きっと。幸せな気分で眠りにつけるに違いない。
生まれてきたことに感謝しつつ、空を見上げると太陽が煌めいていたのだった。
HAPPY BIRTHDAY!!
2008.06.11初出
2010.11.11移動
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