【田舎に住もう!2】


せっかくイルカ先生に抱きついたのに手放すのは名残惜しかったが、今はまだ我慢だ。
「まだ時間かかるんですか」
無邪気を装って尋ねる。
もしそうなら、どこかに座ってイルカ先生を観察していようかと思ったのだが。
「後は校内を見回って鍵を閉めてくるだけです」
一緒に学校を見て回る、そっちの方が楽しそうだ。
ここで待っているようにイルカ先生が言うので、一緒に見回りに行きたいなぁと言いかけた時に邪魔が入った。
「あ、あのっ、後は私がやっておきますから!」
「え、でもあかり先生……」
同僚の教師はあかりという名前らしい。
「イルカ先生はお客さんがいるんですから、お待たせしない方がいいですよ」
気を利かせてくれたようだが、俺の見回りタイムが……と思うと残念だ。
「じゃあ、今度当番代わりますね」
イルカ先生が素直に喜んでいるので、俺もそれに従うしかない。
「ありがとうね」
「い、いえっ」
礼を言うと、あかり先生は顔を真っ赤に染めている。
でも、見回りしないのなら早く帰りたいなぁと俺は思っていた。


学校を出るとすでに夕方近く。
「お腹が空きましたね」
家に戻ると、イルカ先生が開口一番そう言った。
あ、そうか。夕飯を準備しないといけないのか。一緒の家で生活するってそういうことだよな。
今までそういう経験がなかったから新鮮だ。
「実は、ラーメンの麺があるんです」
勢い込んでイルカ先生が言う。
そうだった。イルカ先生の食生活はあまり豊かとは言えないのだった。普段から偏った食事をしてそう。
俺が食生活を改善して、そんでもって餌付けしまくって頼りになる人間だと思われたい。その第一歩として今日は何か美味しい物を作ってあげよう。
ラーメンじゃなくて別のものにしましょうと言いかけたが、
「今日食べないと賞味期限が!」
真剣な表情で訴えられたらしょうがない。
そんなギリギリのもの、危ないじゃないかと言いたいところだが。イルカ先生のこだわりからいくと、もったいないが最優先なんだろうなぁと感じた。惚れた弱みで逆らえない。
今日は手の込んだ料理は諦めるしかないか。そのうちだ、そのうち美味しいものを作るんだから。
心に誓ってから、台所にあるものを物色し始めた。
せめて野菜はたっぷり使わないとな。
野菜室に大根があった。葉っぱつきの立派なやつが。
「裏の田中さんに貰ったんです」
この雑木林の中、どこからどこをどう見れば裏なのか分からないが、とりあえず知らなくても困らない情報とみなして聞き流す。それよりも大根をどう使うかだ。
とりあえず辺りの棚や引き出しを開けてみる。
「あっとー……鶏ガラスープの素はないのか。胡麻油も……」
探しまくったがやはりなし。
そりゃそうか。あまり料理好きでないのなら、そういったたぐいもあるわけがない。本当に必要最小限、砂糖・塩・醤油・味噌、その程度だ。
心配そうに見つめているイルカ先生に、声をかける。
「……買い物に行きましょうか」
せめて調味料は欲しい。


聞くと、村にスーパーはないらしい。驚愕の事実。
酒屋を兼ねたよろず屋が一件あるというので、イルカ先生に案内されてそこへ行く。
木造の小さな店だったが、幸い品揃えは良く、目的のものはすべて手に入った。
がしかし、問題があった。
「ええっ、カード使えないの!?」
「うちではやってないよ」
店番のおばあちゃんが興味なさそうに言う。
そうなのか。クレジットカードなんてどこでも使えるのかと思ってた。スーパーでもコンビニでもサインが不要で簡単に買えるものじゃなかったっけ?
「この辺りではあまりカードは使ってないので」
イルカ先生が横で説明してくれる。
田舎だと保守的なのと販売側の予算の関係で、普及しにくいのかもしれない。
が、そんな田舎事情よりも、問題は現金がないってことだ!
迂闊だった。カードがあれば現金は必要ないと今まで信じてきたので、財布にはカードしか入ってない。小銭すらない。現金を使ったとしても、重くなるし財布が膨らむから小銭はレジの募金箱に入れちゃうんだよな。
どう対処してよいのか分からず、呆然と突っ立っていると。
「俺が払います」
イルカ先生が財布を出した。
が、それを止めることは今の俺には不可能だ。だってお金ないんだからさ。
わー、俺って格好悪い!
「す、すみません。後で必ず返します」
「いいんですよ。だって夕飯は俺も食べるんですから、俺が払わなきゃ」
笑顔であしらわれてショックだった。
うう、次からは絶対現金は忘れない。そう心に誓った。
この恥ずかしさと悔しさは、とりあえず目の前の料理にぶつけることにしたが。作り始めるとけっこう集中してしまい、意識しなくても忘れていた。
「できましたよー」
声をかけながら、お盆に載せて食卓へと運ぶ。
持ち帰った仕事をしていたイルカ先生が顔を上げ、書類を片付けてから食事が始まる。
「ラーメンに大根が入ってる!」
イルカ先生が顔を輝かせている。
それを見たら、今までの苦労もなんのその。作って良かった。
「美味しい! 美味しいですよ、カカシさん」
そう言われて嬉しくなった。
「えへへ。鶏ガラスープと和風だしと昆布茶でスープを作ったんですよ」
これなら普通のラーメンと比べたら断然身体に良い。
「カカシさんはすごいですね。料理も出来るなんて」
イルカ先生に素直に誉められると、俺は役者だけじゃなくて料理の才能もあったのか、とちょっと自信を持ってしまう。
ラーメンは会心の出来のせいもあったが、イルカ先生と一緒に食べるだけでいっそう美味しく感じたのだった。


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2010.10.09


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