「いーるーかーせんせー?」
大声とドンドンと扉を叩く音で覚醒した。
せっかく人が気持ちよく寝てるっていうのに、何なんだ。
どうせ目を開けたら、遅刻するから早く支度しろと怒鳴っている髭熊がいるに決まっている。絶対意地でも起きてやるものか、とまた眠りにつこうとしたその時。
「ナルトだっ」
腕の中から声が聞こえたかと思った途端、ゴンッと顎に衝撃が走った。
痛ぇ!
な、なにごと!?
慌てて目を開けると、手で後頭部を押さえて蹲るイルカ先生の姿が目に入った。
要するにイルカ先生の頭が俺の顎に激突したらしい。
抱き締めて寝ていて密着状態だったからなぁ。すっかり忘れていた。
たぶんイルカ先生も一人で寝ているつもりで勢いよく起き上がろうとしたのだろう。下手をすれば舌を咬んでいたかもしれない。危ないところだった。
俺も痛みで動けず、生理的な涙で目が滲む。
「す、すみませんでした」
それでもイルカ先生は起き上がって、頭を押さえながら玄関へと向かう。
訪ねてきた誰かさんのせいで、この痛みを味わっているのかと思うと恨めしい。呪ってやりたいくらいだ。
絶対後で腫れるだろうなぁ。
顎をさすりながら渋々と起き上がり、イルカ先生の後を追った。
玄関先では、扉の向こうで何が起こったか知るよしもなく、元気いっぱいにしゃべるナルトがいた。
こんなに朝早くからどうしてこんなに元気なんだろう。低血圧気味の俺にとって摩訶不思議すぎる。
「あれぇ。なんで? なんで『はたけカカシ』がイルカ先生んちに居るんだってば!?」
「こら! 目上の人を呼び捨てにするなんて、失礼だろ」
イルカ先生に怒られ、ナルトがしゅんと萎れる。
でもそれは酷というものだ。大人だって呼び捨ててるくらいだから、子供に言っても仕方がない。
「……はぁい」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
あんなに騒々しかったナルトが素直に謝り、イルカ先生の教師としての威厳は絶大だと感じた。
やっぱり普段から良い先生なんだな。
「で。どうしてカカシ兄ちゃんが居るの」
おそらく一度謝ってしまえば二度とそのことを思い出しもしないだろう気性のナルトは、素直に最初の疑問をぶつけてくる。
まあ、そうだよな。さすがに誤魔化されてくれないだろう、三歳児の子どもじゃないんだから。
「イルカ先生と『また泊まりに来る』って約束したんだーよ」
ちょっと自慢げだったかもしれない。
が、そんな優越感もナルトの言葉に吹っ飛んだ。
「えー、ずるいってばよ。俺もイルカ先生んちに泊まりたいっ」
なんだと!
子供だと思っていたら、油断も隙もない。
「だーめ。俺が泊まるんだから、空いてる場所はないよ」
イルカ先生が何か言う前に釘を刺しておく。
この狭い場所に子供が来たら、それこそ窮屈きわまりないのはもちろんだが、たとえ空いてる場所があったとしても俺が許すわけがない。
「えー。でもカカシ兄ちゃんが居ない時は俺が泊まってもいいじゃん。ずっと泊まってみたかったんだってばよ」
ますます油断ならない。
しかもイルカ先生も嫌がってない節がある。そうなんだ、イルカ先生は寂しがりやだから、こういうのに弱いのかもしれない。このまま話が進んでしまったら俺が困る!
これは早く引っ越してこなければ、毎日安眠出来ないじゃないか。
「俺がもうすぐ引っ越してくるから、ナルトが泊まるのは無理だなぁ。残念だったねぇ」
子供相手にちょっと低次元な争いだが、ここはきちんとしておかなければ。
「カカシ兄ちゃん、ここに引っ越してくるのか!?」
意外にもそっちの話題に食いついてきたので、一応泊まる話は立ち消えになったかのように見えた。
どうやら田舎は出ていくばかりで入ってくる人間はあまりなく、新参者が引っ越してくるなんてのは一番大きな話題のようだ。学校でみんなに教えてやる、と興奮気味のナルトは、下手すれば村中走り回りそうな勢いだった。
そんなことで注目されるのはけっこう面倒くさい。でもまあ、イルカ先生も嬉しそうにしているから、俺はそれだけでいいんだけどね。
「そういえば、コハルばあちゃんが『はたけカカシ』に会えなくて残念だって騒いでたっけ」
「え、そうなのか?」
イルカ先生が目を見開いて驚く。
「ああ見えてテレビ大好きだから。ミーハー、なんだってばよ。ホムラじいちゃんも知ってたぜ?」
ホムラとコハルという年寄りは、母屋の主で。幼い頃に両親が事故で亡くなったナルトを、引き取って育ててくれているのだそうだ。簡単に説明されたが、その人自体を知っているわけではないので、どうもピンとこないし興味も薄い。
楽しそうにしゃべり続ける二人を見て、その日常に馴染んでいない俺はちょっと疎外感。
本当に早く引っ越してこよう、と決意も新たにした。
「これからよろしくね」
「うん。よろしくだってばよ!」
イルカ先生の生徒だし、大家の身内なので一応礼儀として挨拶すると、ナルトも元気よく返してくれた。基本的にうるさいのは嫌いだけど、こういうところは子供っていうのもちょっと可愛いなと思ったりする。
ナルトが帰ってしまってから、イルカ先生に言っておくことがあった。
「イルカ先生。知らない人は、いや、知ってる人も俺以外は泊めちゃ駄目!」
だって心配じゃないか。引っ越してくる前に誰かが泊まりに来るかもしれない。俺みたいに通りすがりの偶発的な人間から、普段から親しくしているナルトのような人間まで、可能性なんて数限りなくある。
「はあ……?」
イルカ先生はよく分かってないから返事も曖昧。でもそれでは困るのだ。
「ほら、他人が寝た後の布団で自分が寝るのはちょっと……」
と言い訳すると、
「変なところで神経質なんですね。……わかりました。泊めなかったらいいんでしょう?」
とりあえず納得してくれた。
神経質な人間が誰かと一緒に寝るのか、という疑問には至らなかったらしい。イルカ先生はそういうところが鈍くてよかった。
「すぐ引っ越してくるから、絶対約束ですよ」
無理矢理約束をもぎ取った。
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