【ひとめ会ったその日から4】


次は心電図なのだそうだ。
案内してくれるイルカさんの後をふらふらとついていく。
少し見下ろす位置に真っ黒に輝く艶やかな髪が揺れていた。
イルカさんは、男としては長めの髪を後ろで一つに束ねている。営業マンって感じではない。どんな仕事をしているんだろう。
そんな疑問を感じつつも、ちょっと髪の毛に触ってみたい欲求に駆られる。
ほんの少しぐらいなら大丈夫かもしれない。
そっと手を伸ばそうとした瞬間、
「ここですよ」
と突然笑顔で振り返られて焦った。
幸い不審には思われなかったようだ。
問診票を提出して順番が回ってくるまで大人しく待つ。
心電図は混んでいて待ち時間が長い。人が多くて長椅子は常に満杯状態。できるだけ詰めて座らなくてはいけない。
すぐ側に、体温を感じる距離どころか腕が接触しているじゃないか!
そんな些細なことで心臓は跳ね上がる。小学生じゃあるまいし。
落ち着け落ち着け。
当たり障りのない世間話に意識を集中して、平常心を取り戻そう。
「へぇ。じゃあイルカさんは商品開発課なんですか」
世間話といっても情報収集は忘れずに。
「ええ、アカデミアサイエンスって言って、幼児から高校・大学までいろいろな教材を扱ってます」
「知ってますよ。俺と同じ木ノ葉グループ系列の会社じゃないですか!」
「ホントですか!」
ラッキーだ。
同じ系列ということで同胞意識が芽生える。心も緩むし好意的にもなる。
名も知らないライバル会社のサラリーマンなんかに比べたら断然有利だ。ほんの少しの違いは大きな違いだろう。
それにアカデミアだったら、共同商品開発の企画なんて立ち上げたら一緒に仕事だってできるかもしれない。
一緒に仕事して帰りも一緒、とかいいよなぁ。
ちょっと夢見てしまった。
いや、もともと会社のある場所はそれほど遠くないのだから、一緒に仕事をしなくたって帰ろうと思えば帰れるのだけど。それにはもちろん相手の承諾が必要だ。
「でも世間は狭いですね。初めて会った人とそんな繋がりがあるなんて思いもしませんでした」
「俺も吃驚です」
素直に驚きを伝えると、イルカさんは照れたように笑った。
思わず見惚れる。
なぜだろう。イルカさんを見ていると胸がじわりと暖かくなるんだ。まるで彼の暖かさが伝染しているように。
「カカシさん、呼ばれてますよ」
ぼんやりしていて声も耳に届かなかったらしい。
「あっ、はい。すみません!」
慌てて立ち上がりかけて振り返ると、いってらっしゃいと言うように手を振られる。
いちいち仕草の可愛い人だよな。
手を振り返し、検査室に入った。
中は大きな部屋をカーテンで仕切ってあるだけの簡易なもの。検査着の前を開けてベッドに横たわる。
ひやりと冷たいものが身体のあちこちに塗られ、たこ吸盤みたいな機器をぽこぽこと取りつけられた。
そうしてじっと天井を見ていると、隣の方から声が聞こえた。
イルカさんも測っているんだ。このカーテンを隔てたすぐ隣で。
なんかドキドキする。
奥に引っ込んでいた看護師が出てきて、穏やかに注意を促す。
「はたけさん。緊張しなくても大丈夫ですよ」
「あ。はい、すみません」
やばい。どうも普通以上に心拍が上がっていたらしい。
まさか『緊張してるわけじゃなくて恋をしてるからです』なんて言えないよなぁ。
真面目にやらなきゃ検査は終わらないだろう。心拍異常と診断されてしまう。
深呼吸。精神統一。
「はい、けっこうです」
終了を告げられ、ほっと安堵して立ち上がった。


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2007.02.17


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