【魔術師の弟子5】


「……カ…シ。……カカシよ。聞いておるのか」
じじいが何かを言っているようだったが、まったくと言っていいほど聞いていなかった。しかし、ここで聞いてないと言えば、また最初から長い話が始まるのに決まっているのだ。
「はいはい。聞いてますよ」
じじいの話など、どうせ火影の心得だの地道な練習の重要さだの面白くもない話でしかない。それよりも俺にとって重要な問題は。
今、横に立っている人だ。
「三代目、そんないきなり話をしてもカカシさんも戸惑うばかりでしょう。ともかく夕飯を一緒に食べながら楽しくお話しましょうよ。積もる話もあるでしょうし」
イルカさんが取りなして、説教はお流れになった。
さすが弟子。年寄りを扱うのは得意のようだ。たしか四代目もそうだったっけ。じじいの話を煙に巻くのが得意だった。
「手伝いましょうか」
夕飯の支度をするために部屋を出て行こうとするイルカさんに声をかけた。
「でも、お客様なのに……」
「じじいの世話は慣れてますよ」
じじいは金持ちのくせにコックなんかは雇わない主義で、弟子が食事を作るのは当たり前のことだった。今でもそうなのだと聞けば、まさしく頑固じじいだと思わざるを得ない。
今現在の弟子は、そんな俺の心境がわかっているのかくすくすと楽しげに笑いながら、
「じゃあ、お言葉に甘えて。台所はこっちです」
と、案内するために歩き出した。ゆっくりとしたその足取りについて行く。
「そういえば、この屋敷は初めて来たなぁ」
「数年前に引っ越したんです。それまではずっと郊外のあの家でしたよ」
前のところならば、じじいに会うまでもなくわかっただろうに。しかし、わかったからといってついてこなかったかと聞かれたら、たぶんそんなことはないように思う。なんとなく自分の前を歩く人を見ていると、別に会うぐらいならいいかなと思ったからだ。
案内された厨房は、こざっぱりと片づけられて使いやすいように整頓されていた。
「じゃがいもの皮を剥いてもらえますか?」
「はい。お安い御用ですよ」
包丁で皮を剥き始めると、イルカさんにじっと手を見られていることに気づいた。
何か変なことをしてしまっただろうか。
それとも実は正真正銘の手フェチでしたとか。
いろいろと考えを巡らせてもわからなかったので、思いきって聞いてみることにした。
「あの……何か?」
恐る恐る声をかけると、イルカさんは顔を赤くして謝ってきた。
「すみません!俺、自分が不器用なので、つい人の手が動くところをじっと見てしまって……」
「え?不器用って……手品やってるんですよね?この前、カードのいかさまにも気づいてたし」
「目はいいんです。目だけはいいっていうか。でも自分ではうまくできなくて……いつもカジノへ行ったらカードを扱う手を観察してしまうんです」
恥ずかしそうに笑う姿は少し寂しそうに見える。
だから同僚たちにも手フェチに間違われてしまったのか。手しか見ていないのだから、間違われても仕方がないけれど。
「……俺、テーブルマジックもあまり得意じゃないし、大がかりなマジックも苦手だし。本当は三代目の弟子だなんて、胸を張って言えないようなおちこぼれなんです。周りの人には『弟子というよりただの付き人』って言われてますから」
イルカさんは目に見えて萎れたようになり、俯いて黙り込んでしまった。
その姿が痛々しくて、そんなことを言う連中は俺が叩きのめしてやるのに、と思った。どうせただのやっかみだ。自分が火影の弟子になりたかいからそんなことを言うのだ。
俺も昔はそんな連中に小突き回されたものだったが、そんな欲の塊でしかない人間に傷つけられることはない。なんとか慰めてあげたいと思う。
「そんなことありませんよ!じじいは見込みのない奴を側に置いたりしません。イルカさんにはイルカさんの良さが際だつ手品があるはずですよ、きっとね」
「……ありがとうございます」
ようやく顔を上げて、照れたように笑ってくれた時は嬉しかった。ほんの少しでも役に立ってよかった。
そう考えている時に、遠くから微かにクーククルーと鳴き声が聞こえてきた。
「鳩?」
「あっ、そうだ!餌をやらなくちゃ」
ちょっとすみません、と断って駆けていくイルカさんを追って、庭の一角にある小屋へと俺も入っていった。
入った瞬間、おそらくここでマジック用に使う動物を飼っているのだとわかる。
イルカさんの元に集まってくるうさぎや鳩たちは、餌を求めているだけではなく、彼を慕っているのは明白だった。
「俺、動物にだけは好かれるんです」
にっこりと笑う姿は普段より一層可愛らしかった。いつもこんな風に笑っていてくれたらいいのに、と密かに思う俺だった。


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2004.07.17


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