【魔術師の弟子9】


しかし、アクシデントがあったからといって観客が待っていてくれるはずもなく、やり直しをさせてくれるわけでもない。
そんな時は自分でなんとかしなくてはならない。たとえそれがごまかしであったとしても。
とにかく手品というものは、備えあって憂いなし。
四代目にそれはもう厳しく教えられたものだ。『手品師なんていつなんどき必要に迫られるかわからないんだから、必ずタネは用意しておきなさい』と。
あの教えは正しかったのだと、今さらながらに実感した。ショーの前に舞台装置を見回ったのが幸いしたのだから。
タイミングがずれるとまずいからと思って、操作のリモコンを持ってきておいてよかった。
不安そうなイルカさんに安心するよう笑いかけて、そのスイッチを押した。
パーンと派手な音と共に、吹雪のように舞い降りてくる花に観客が気を取られているうちに、すばやくフープの布の中に入り込んでしまう。
わあっという歓声を聞きつつ、引っかかったという裾を思いきり引っ張った。
ビリという嫌な音がしたが、それに構っている暇はない。
「イルカさん、そのまま走って!」
「はい!」
イルカさんの身体を抱きかかえるようにして抜け道を走った。
「破れたところはできるだけ俺のマントで隠れるようにするから、なんでもないように笑っててください」
「わかりましたっ」
二人が消えて現れるのがまるで最初からの予定事項だったように振る舞えば、こんなアクシデントは失敗ではなくなる。
手品はある程度はったりみたいなものだから、オドオドした方が怪しまれてしまう。常に笑顔がモットーなのだ。
二人で駆け抜けて隠し扉を開け、客席の一角に設けてある台に上った瞬間にスポットライトがあたった。
かなり破けた衣装の裾が目について、
「見えますよ」
と観客に聞こえないよう、こっそりとささやく。
イルカさんは神妙に頷いて、裂けた右側を隠すように俺の横にすり寄ってきて、素知らぬ顔で客席に笑顔を振りまいていた。
マジックマスターという名前にはふさわしい長ったらしいマントで隠してあげながら、少しだけ抱き寄せたりなんかして。俺はちょっとした役得に顔がにやける。
もったいないから客なんかに見せてやらないよ。こんな姿は楽屋裏で俺だけが見ればいいんだから、と思う。
会場が割れんばかりの拍手を聞いて、イルカさんが
「大成功ですね」
と言って笑った。その笑顔は安堵と喜びに溢れていた。
それを見て、成功してよかったと心から思ったのだ。


ショーが終わってから片づけもろくにしないまま、慌てて二人で外へと出た。
じじいが運ばれた病院へと向かう途中、タクシーの中でようやく会話らしい会話をした。
「今日はお疲れさまでした」
イルカさんは少し興奮気味だった。
「すごかったです。とても長い間ブランクがあったなんて思えません。成功してよかった!」
「いや、イルカさんが手伝ってくれたおかげです」
「そんなこと!裾をひっかけたりなんかして……足手まといでした。すみません」
しょんぼりと肩を落とすイルカさんに、慌てて首を横に振る。
「いいえ、お客さんだって喜んでいたじゃないですか」
「あれは、あの生の花を使った仕掛けが上手くいったから」
「終わりよければすべてよし、ですよ。あの仕掛けは四代目の時よくやってたんです。紙吹雪はよくあるけど、生はあんまりないでしょう?」
「はい。ちらっとしか見られなかったけど綺麗でしたね」
笑顔が戻ったイルカさんに、安心した。あのタネを用意しておいて本当によかったと思う。
しばらくして、イルカさんが躊躇いがちに聞いてきた。
「あの……俺は手品が好きです。タネも仕掛けも裏側の事情だって、手品を見て喜ぶ人たちを前にすると関係なくなるんです。カカシさんは手品が嫌いですか?」
「いえ、好きですよ」
嫌いだと思っていても、自然に手が動くぐらいには。
あんなことがあっても、忘れられないぐらいには。
「今日ショーをやってみてわかりました。やっぱり手品が好きだったんだなぁって」
観客が驚いたり喜んだりする姿は何よりも嬉しいものだ。それには火影だとか何だとかいうことはどうでもいい。これからもそれを見たいと思えた。
そして、それがあなたの側なら尚いいと思う。
「もし俺が火影になったら、俺の手品を手伝ってくれますか?」
「俺でよければ喜んで!」
俺の言葉にイルカさんは嬉しそうに頷いてくれた。それがなによりも嬉しかった。


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2004.08.14


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