【恋はあせらず13】


結局その後もイルカさんと碌に話もできないままお開きになり。酔っぱらったお局さまを送っていくとかで、一緒に帰ることすらできなかった。
次の日朝一番でイルカさんに会いに行くと、肩を落としてすみませんと謝られた。
現金なもので、俺と二人で飲みたかったのにと言われると、それだけで機嫌が急上昇する。
「いいんですよ。また今度行きましょう」
「はい、ありがとうございます」
次へのステップだ。少しずつ進んでいけばいい。
焦って今の関係を壊してしまっては元も子もないのだから。
「今日は午後から会議ですね。また後で」
まだまだ一緒にいたかったが、始業時間が迫っているのでそう言って別れた。


自分の席に座ったはいいが、午前中得意先と会う予定がキャンセルになり、ぽっかり時間が空いていた。
どうせなら今日の会議で少しでも良いところを見せようと、準備に力を入れることにした。かなり集中していたので、他の細々した仕事も同時に片付けるともう昼飯の時間だった。
食堂でも行くか。
イルカさんが食べに来ていたらいいなぁと淡い希望を抱いたが、世の中そんなに甘くなかった。
影も形も見えずにガッカリしていると、先に座っていた紅が隣の席に座らないかと手で合図する。他に空いているのは遠い席だったり騒がしかったりしたので、断る理由もなかった。
素直にそこに座ると、向かいの席にテンゾウが座っていた。
あ〜。まあ、別にいいけど。
ちょっとテンションが下がったが、食事するのに支障はないはずだ。が、もしかしたら昨日の話をしたくて紅は呼んだのかもしれないと思うと、げんなりした。
できるだけ関わらないよう黙々と箸を運ぶ。
紅は何を企んでいるのか、こっちに直接話しかけてはこなかった。もっぱらテンゾウとしゃべっている。
「昨日は楽しかった?」
「ええ。皆さん、綺麗で頭のいい人ばかりでしたし」
「付き合いたいような子はいた?」
「え、いや、それは……」
テンゾウが口ごもると、紅はくすりと笑った。
「あら、残念。あなた狙いの子もいたでしょうに」
「そんなことありませんよ。みんなカカシ先輩と話したそうだったし」
テンゾウは否定するが、そこは普通俺狙いの子もいたのか、と喜ぶところじゃないか?
実際そういう子もいたわけだし。
こいつ、こういうことにはとことん鈍い奴だなと思った。
「カカシを狙ったって無理よ。今、可愛い子ちゃんに夢中だものね〜」
紅の口元が意地悪く吊り上がる。
口に含んだご飯粒を噴き出すかと思った。危ねぇ。
「うるさいよ、紅」
箸をひらひらと振って、放っておけと牽制する。が、効果はないだろう。
「えっ、カカシ先輩。恋してるんですか! それ、ど、どこの誰ですか!」
「秘書課のあの子よねぇ?」
紅の含みのある言い方が癇に障るが、ここは知らんふりを通すに限る。
「どの子なんですか」
「テンゾウには関係ないでしょ」
「そんなぁ。教えてくださいよ」
教えてなどやるものか。もったいない。
「カカシが言うには、秘書課で一番の可愛い子ちゃんだそうよ〜」
「へぇぇ、そうなんですか!」
紅は、わざと名前を出さないで俺の反応をちらちらと見ている。無視だ、無視。
俺が反応しないのがわかると、紅は長い爪を持つ手でテンゾウの耳をぐいと引っぱり、何かを囁いた。
「え。まだ片想いなんですか」
テンゾウがまた馬鹿正直に口にした言葉に、撃沈させられた。
くそっ、わざとやってるな、紅め。
ああ、そうだよ。悪いか。
いまだに片想いで気持ちすら伝わってないよ。
不機嫌なまま飯をかっこんでいると。
「俺、応援しますよ」
とテンゾウが言った。
「え」
「今までカカシ先輩の恋人にはそれ相応の人じゃないと、と思ってきましたが。二人ならお似合いじゃないですか」
「テンゾウもそう思うか!?」
思わず叫んでいた。
そうだよね〜。イルカさんと俺、このうえもなく似合いのカップルだよ。隣に立つのが当然っていうか〜。
今までテンゾウを誤解していた。良い奴じゃないか! なんといっても見る目がある。
ああ、なんか目の前が開けてきた気がするなぁ。
明るい気分になってふと隣を見ると、紅が肩を震わせていた。
「なんだよ」
「……そんな一喜一憂してるカカシなんて初めて見たから」
声まで震えていた。本当に失礼な奴だ。
が、今は気分がいいから許すことにした。


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2008.11.29


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