【男はつらいよ あじさいの花1】




『拝啓。案山子屋の皆様、お幸せですか。私たちは今、熱海に来ています。景色が素晴らしく良いところで、私たちを祝福しているかのようであります。皆様にもこの幸せを分けて差し上げたく、筆を取った次第です。もうしばらく堪能してから懐かしの我が家へ帰ります。はたけカカシ拝』




団子屋の裏口からひょいと声をかける子がいた。
「カカシから絵葉書が届いたってー?」
「おう、アンコか。あがっていけ」
団子屋の主人が粉を捏ねながら答える。
「アンコさん、いらっしゃーい。ほら、これよ」
カカシの妹が家の奥から顔を出し、葉書を手渡す。
「何これ。カカシのやつ、またこんな変なこと書いてー」
「あはは。お兄ちゃんはどうしてか手紙とかになると変な口調になるのよね」
「そう書くもんだと思い込んでるのよ。昔っから」
サクラと共に紅も加わり、女三人でかしましく葉書を眺める。葉書に写る景色はたしかに素晴らしかったが、そっちよりも読みづらいカカシの字でああだこうだと盛り上がった。
「それにしても、まさかカカシがイルカちゃんにプロポーズできるとは思わなかったわねぇ」
「まさか、だったわよねぇ。焚きつけたけど本当に言えるとは思ってなかったわ。あたしでさえまだ躊躇ってできてないっていうのにさ」
アンコが少し遠い目をする。あれだけ騒いでおいて、いまだに告白すらできないでいるらしい。
「でも、新婚旅行に送り出すまでが大変だったんだから!」
「ああ。ホントよねぇ」
三人とも思い出すだけでうんざりという表情で溜息をついた。


カカシが自来也夫婦の元から帰ってきた後。重大発表があると家族全員を居間に集めた。
「なんだ、どうした」
「やっぱり駄目だったの、お兄ちゃん」
てっきり話し合いがうまくいかなかったのだろうと、皆が案じている中。カカシが手をブルブルと震わせながら口を開く。
「じ、実は……俺たち、けけけけ」
「何笑ってんだ」
真剣な話だと思い緊張していた皆は、カカシがふざけているのかと最初は思った。が、どうもそうではないらしいと、その尋常ならざる様子に気づいて辛抱強く待った。
「け、け、結婚することになりました!」
カカシは言い切った後に、やっぱり夢ではないかと周りをきょろきょろと見渡す。ついでに自分の頬も抓っている姿が少々涙を誘う。
「誰と誰が?」
ナルトがきょとんとして問う。もっともな質問だった。ここにいる全員の気持ちを代弁している。
うっすら『俺たち』と聞こえたような気もするが、皆が皆ありえないと信じているのでそこは無視された。
「だから! 俺、と……!」
意気込んだカカシは喉に唾でも詰まったのか咳き込むばかり。
「あの、私とカカシさんが……」
カカシが言えそうにない状態だったので、イルカが思いきって伝える役目を担った。
「えーっ、嘘っ!」
「なんの冗談だ?」
周りが騒然とする中、イルカだけが平静を保ち、
「不束者ですがどうぞよろしくお願いします」
と優雅に三つ指を突いて挨拶をしてのけた。
どうやら嘘や冗談ではなく、本気らしい。
ようやくそう理解して、それぞれ驚きつつも喜んだ。祝福する気持ちは山のようにある。
「嬉しいわ。イルカちゃんがお嫁に来てくれたらいいのにってずっと思ってたの」
紅がそう言うと、イルカも嬉しそうに頷く。
「お兄ちゃん、やったじゃない!」
サクラはぼんやりしているカカシの肩をバシバシ叩き。ナルトはナルトで、イルカに飛びついて喜んでいる。
まさに驚きの大逆転で得た幸福の図であった。


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2009.06.20


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